さて、とある女性のお話でもしましょうか。彼女、このところ元気がないようです。…きっと、私がそれに気付いていることすら本人は気付いていないのだろう。
いつも幸せそうな笑顔を向けていた恋人のことだとは思うが、最近はあの笑顔すら浮かべる気配がない。
「今日も、なかなかお疲れのようですね」
「鬼灯さま…す、すみません…私、また顔に出て…」
「謝らないでください。原因はまた…彼、ですね」
以前、昼食を一緒した時に聞いた悩みは私の予想通りの恋人についてだった。あれから少し元気が出たかと安心したが、さほど日も経たないうちに再び彼女の表情は明るいものでなくなっていたのだ。
「…今日、残業はありますか?」
「いえ、もう退勤しましたが…あの、何かお仕事が」
「閻魔大王、今日はもう上がらせて頂きますよ。お先に失礼します」
「ええっ!?ちょっと急だなぁ鬼灯くん!まだ書類が…」
「いつもアンタより長々残業してやっているのは誰だと思ってんだ。半分くらい終わらせたら後は明日私がやりますから、今ある分くらいお願いしますよ」
閻魔大王に半ば強引に仕事を押し付け、かな子さんと共にその場を後にした。やって来たのは金魚草が生い茂る中庭。直感で選んだ場所がここだった。
階段に腰掛けるよう促し、私も彼女と人一人分ほどの距離を空けて腰を下ろす。
「わざわざお仕事まで切り上げて頂いて…お気を遣わせてしまって、すみません」
「ただのおせっかいですよ、気にしないでください。…また、何かあったようですね」
「は…はい、鬼灯さまはやはり鋭いお方ですね…」
彼女は口元に僅かに笑みを浮かべるも、その笑みはどこか困ったようで悲しそうにも見えた。貴女にはそんな笑顔は似合いませんよ、と言いたいところだったがその言葉は飲み込み彼女の話を聞くことにした。
「…見ちゃったんです」
「意味深な言葉ですね…何をですか?」
「彼が、同じ部署の女の子と手を繋いでいるところ」
また、彼女は悲しそうな笑みを洩らした。視線は少しずつ下に向いていくも、口調は至って落ち着いている。かな子さんなりの強がりなのだろうか。そして私が言葉を発する前に再び彼女の口が開く。
「普通私と遭遇してもおかしくない場所で、手なんて繋ぎます?バカみたいですよね、それにその女の子…あまり話したことはなかったけど素敵な彼氏さんですねって言われたことがあって。ほんと、二人とも意味わかんな…」
「かな子さん、落ち着きなさい」
先程よりもやや早口で話していた彼女の言葉を遮るようにそう言い、わしゃわしゃとその頭を撫でてやる。撫でる、と言うよりもほぼ髪を乱すだけの行為に近いのですが。
「…少しは落ち着きましたか」
「は、はい…愚痴が止まらないところでした」
「その愚痴は改めてゆっくり聞かせてください。一つ確認します…浮気の度合いは個人で異なるものだそうですが、かな子さんは許せないレベルだったと」
「…はい、それに嘘もつかれていました」
その現場を目撃した日は彼と会う約束をしていたが、急に残業になってしまったと言われ断られたそうだ。
残業中のはずの彼が他の女と仲良さげに手を繋いでいたそうだが、その場で殴ってやれば良かったのではと私は思ってしまう。
「…追い掛けて、一発ブン殴ればスッキリしたのでは?」
「で、出来るものしならしたかったんですが…もう見たくなくて、逃げちゃいました」
「女性はそういうものですか…」
「ブン殴っちゃう派の人もいると思いますけど…でも、鬼灯さまが羨ましいです。感情を真っ直ぐぶつけることが出来る勇気をお持ちですから」
「勇気も何も、腹が立った元凶を黙って見過ごせませんからね。即実行するのは大切なことです」
私が思っていることをそのまま返答すると、かな子さんは鬼灯さまらしいですねと言って小さく笑みを洩らした。ああ、やっと無理をしていない純粋に笑った顔が見れた。そう安心してしまう自分がいる。
「私、喧嘩になっても黙り込んでしまうことが多いから…ハッキリしろって余計怒られるんです。鬼灯さまみたいにすぐ思ったことを言えるようになりたいです」
「羨ましがるほどの長所ではありませんよ。それに…私は私、あなたはあなたです。無理に人に合わせることありません。それに喧嘩をするのは彼が短気だからなのでしょう?」
「はい、その時は私が怒らせちゃったなぁって反省するんですけど…後々考えてみると彼の沸点が本当に低いというか、ズレているというか…ちょっと意味がわからなくなりました」
例えばどんなことで喧嘩に発展したのかと問えば、その答えはくだらない理由ばかりだった。
聞いた話だけだと第三者からしてかな子さんは全く悪くないようなもので。
けれど、彼女はいつも相手を怒らせているのは自分だと気負っているのだろう。
前々から思っていることではあるが、本当にいちいち頭に来る男だ。
「かな子さん、今日は自宅まで送ります」
「そ、そんな悪いです…こんなに話も聞いて頂いているのに余計迷惑掛けるわけには、」
「では、一つだけお願いがあります」
彼女は少し不思議そうに首を傾げた後に私に出来ることなら、と返答した。
大した願いでもないのだが今までは幸せそうなかな子さんには言えないことだった。
「明日、一件飲みにお付き合いして頂けませんか?」
ほら、私がそんなことを言うものだから拍子抜けしたような表情を浮かべる。
何故私が酒の力を借りたいのか、貴女にはわからないのでしょうね。
「愚痴をゆっくり聞くと言ったでしょう。私は基本的に有言実行しないと気が済まないので」
「…あ!そういえば、さっきそんなこと…わかりました。私で良ければぜひ」
ただ飲みに行くだけですよ、安心しなさい。貴女が安心してくれた方が、こちらは好都合ですから。
14/07/29
加筆修正 18/01/04
いつも幸せそうな笑顔を向けていた恋人のことだとは思うが、最近はあの笑顔すら浮かべる気配がない。
「今日も、なかなかお疲れのようですね」
「鬼灯さま…す、すみません…私、また顔に出て…」
「謝らないでください。原因はまた…彼、ですね」
以前、昼食を一緒した時に聞いた悩みは私の予想通りの恋人についてだった。あれから少し元気が出たかと安心したが、さほど日も経たないうちに再び彼女の表情は明るいものでなくなっていたのだ。
「…今日、残業はありますか?」
「いえ、もう退勤しましたが…あの、何かお仕事が」
「閻魔大王、今日はもう上がらせて頂きますよ。お先に失礼します」
「ええっ!?ちょっと急だなぁ鬼灯くん!まだ書類が…」
「いつもアンタより長々残業してやっているのは誰だと思ってんだ。半分くらい終わらせたら後は明日私がやりますから、今ある分くらいお願いしますよ」
閻魔大王に半ば強引に仕事を押し付け、かな子さんと共にその場を後にした。やって来たのは金魚草が生い茂る中庭。直感で選んだ場所がここだった。
階段に腰掛けるよう促し、私も彼女と人一人分ほどの距離を空けて腰を下ろす。
「わざわざお仕事まで切り上げて頂いて…お気を遣わせてしまって、すみません」
「ただのおせっかいですよ、気にしないでください。…また、何かあったようですね」
「は…はい、鬼灯さまはやはり鋭いお方ですね…」
彼女は口元に僅かに笑みを浮かべるも、その笑みはどこか困ったようで悲しそうにも見えた。貴女にはそんな笑顔は似合いませんよ、と言いたいところだったがその言葉は飲み込み彼女の話を聞くことにした。
「…見ちゃったんです」
「意味深な言葉ですね…何をですか?」
「彼が、同じ部署の女の子と手を繋いでいるところ」
また、彼女は悲しそうな笑みを洩らした。視線は少しずつ下に向いていくも、口調は至って落ち着いている。かな子さんなりの強がりなのだろうか。そして私が言葉を発する前に再び彼女の口が開く。
「普通私と遭遇してもおかしくない場所で、手なんて繋ぎます?バカみたいですよね、それにその女の子…あまり話したことはなかったけど素敵な彼氏さんですねって言われたことがあって。ほんと、二人とも意味わかんな…」
「かな子さん、落ち着きなさい」
先程よりもやや早口で話していた彼女の言葉を遮るようにそう言い、わしゃわしゃとその頭を撫でてやる。撫でる、と言うよりもほぼ髪を乱すだけの行為に近いのですが。
「…少しは落ち着きましたか」
「は、はい…愚痴が止まらないところでした」
「その愚痴は改めてゆっくり聞かせてください。一つ確認します…浮気の度合いは個人で異なるものだそうですが、かな子さんは許せないレベルだったと」
「…はい、それに嘘もつかれていました」
その現場を目撃した日は彼と会う約束をしていたが、急に残業になってしまったと言われ断られたそうだ。
残業中のはずの彼が他の女と仲良さげに手を繋いでいたそうだが、その場で殴ってやれば良かったのではと私は思ってしまう。
「…追い掛けて、一発ブン殴ればスッキリしたのでは?」
「で、出来るものしならしたかったんですが…もう見たくなくて、逃げちゃいました」
「女性はそういうものですか…」
「ブン殴っちゃう派の人もいると思いますけど…でも、鬼灯さまが羨ましいです。感情を真っ直ぐぶつけることが出来る勇気をお持ちですから」
「勇気も何も、腹が立った元凶を黙って見過ごせませんからね。即実行するのは大切なことです」
私が思っていることをそのまま返答すると、かな子さんは鬼灯さまらしいですねと言って小さく笑みを洩らした。ああ、やっと無理をしていない純粋に笑った顔が見れた。そう安心してしまう自分がいる。
「私、喧嘩になっても黙り込んでしまうことが多いから…ハッキリしろって余計怒られるんです。鬼灯さまみたいにすぐ思ったことを言えるようになりたいです」
「羨ましがるほどの長所ではありませんよ。それに…私は私、あなたはあなたです。無理に人に合わせることありません。それに喧嘩をするのは彼が短気だからなのでしょう?」
「はい、その時は私が怒らせちゃったなぁって反省するんですけど…後々考えてみると彼の沸点が本当に低いというか、ズレているというか…ちょっと意味がわからなくなりました」
例えばどんなことで喧嘩に発展したのかと問えば、その答えはくだらない理由ばかりだった。
聞いた話だけだと第三者からしてかな子さんは全く悪くないようなもので。
けれど、彼女はいつも相手を怒らせているのは自分だと気負っているのだろう。
前々から思っていることではあるが、本当にいちいち頭に来る男だ。
「かな子さん、今日は自宅まで送ります」
「そ、そんな悪いです…こんなに話も聞いて頂いているのに余計迷惑掛けるわけには、」
「では、一つだけお願いがあります」
彼女は少し不思議そうに首を傾げた後に私に出来ることなら、と返答した。
大した願いでもないのだが今までは幸せそうなかな子さんには言えないことだった。
「明日、一件飲みにお付き合いして頂けませんか?」
ほら、私がそんなことを言うものだから拍子抜けしたような表情を浮かべる。
何故私が酒の力を借りたいのか、貴女にはわからないのでしょうね。
「愚痴をゆっくり聞くと言ったでしょう。私は基本的に有言実行しないと気が済まないので」
「…あ!そういえば、さっきそんなこと…わかりました。私で良ければぜひ」
ただ飲みに行くだけですよ、安心しなさい。貴女が安心してくれた方が、こちらは好都合ですから。
14/07/29
加筆修正 18/01/04

