「あの…私の顔に何か、付いているのでしょうか?」
「いえ、すみません。私としたことが少しボーッとしてしまいました」
いつものように執務室に来た彼女は困ったような微笑を浮かべた。
座っている自分がふと彼女の顔を見上げると、少しばかり目が離せなくなってしまうという現象。
このところ、そのようなことが多くなってきたような気がする。それに自分も子供ではない、何故そうなってしまうのか理由は明確だった。きっと当の本人は気付いていないだろうが…
「鬼灯さまはきっとお疲れなんですよ、いつも朝から夜まで…本当に大変そうで」
「そうかもしれませんね…ご心配ありがとうございます」
「いえ、お身体には気を付けてくださいね。では、私はこれで失礼しますね」
彼女はそう言ってこちらに背を向ける。私も同時に目を伏せるが彼女がドアに手を掛けたところで咄嗟に顔を上げ、気付けば口が開いていた。
「かな子さん、」
「はい、なんでしょうか?」
少しだけ驚いたような顔で再び振り向くも、すぐにいつもの微笑を浮かべ小首を傾げる。
何故呼び止めたのか、特に追加の仕事や用事などない上に理由すらも定かではない。強いて言えば、もう少しだけ同じ空間に居たいだけなのかもしれないが。
「かな子さん、貴女は私をどう思いますか」
「…え?ええと、いきなりですね…とても頼れる補佐官様だと思っていますよ」
「そうですか、補佐官…貴女にとってはそうなのでしょうね」
突然の質問とその返答に対する私の返事に不思議そうな表情を向けられた。確かに上司からこのような問い掛けをされると困ってしまうだろう。
当たり障りのない彼女の答えに大した言葉を掛けられなかった。
ああ、このままいつもと同じように彼女と別れ仕事を終えまたいつもと変わらぬ朝を迎えるのか。
こんな日々をどれほど続けているのだろう。そう考えていると自分に嫌気が差し、つい苛立ってしまう。
「…あの、鬼灯さま。私、何か気に障るようなこと…」
心配そうな顔で恐る恐る口を開いた彼女にはっと我に帰る。きっと今の自分の顔は眉間に何重にも皺が寄って、目付きも相当なものだったのだろう。目線は手元の書類だったものの、怖がらせては元も子もない。
「ああ、すみません。かな子さんのせいではないので気にしないでください。ですが…もう一つだけ、お聞きしたいことがあります」
ドアの前に立っていたかな子さんがこちらに近付こうとしたがその前にそう言葉を返し、静かに立ち上がって彼女の元へ歩み寄る。足を止めたその場所は、彼女の目の前。
何も言わずにじっと見下ろしていると彼女は、あの、えっと…などと小さな声で言いながら視線は真っ直ぐ合うことがない。
ドアを背にしている彼女の顔の横にトン、と右手をついて少しだけ屈むように顔を覗き込む。やっと視線が絡んだが、その顔はほんのり熱を持っているかのような色だった。
「かな子さんに下心を抱いてしまう上司は、どう思いますか」
「し、下心…ですか?」
「ええ、愛は真心ですが恋は下心と言われているでしょう。そんな下心を部下に抱いてしまっては、補佐官失格でしょうか?」
自分に似つかわしい言葉を口走っているのはわかっている。逃げもせず私を見上げる彼女の大きな瞳から目が離せなくなったまま、平然を装い答えを待つべくじっと見つめる。
「鬼灯さまが、恋…」
「私も男ですよ。では遠回しに聞くのはやめにしましょう、かな子さんが好きです」
「…いきなり言うなんて、反則です…もっと、好きになっちゃいますよ」
良いですよ、と言って彼女の頬を左手で包み込む。微かに肩を揺らし、驚いた様子ではあったがそのまま距離を縮めていく。
キスの一秒前に一言だけ、
「どうぞ好きになってください。下心から脱せられますから」
のめり込むくらい好きになれば良い。私ばかりが貴女を好きだなんて、それで満足なんてするわけないでしょう。
14/05/19
加筆修正 18/01/04
「いえ、すみません。私としたことが少しボーッとしてしまいました」
いつものように執務室に来た彼女は困ったような微笑を浮かべた。
座っている自分がふと彼女の顔を見上げると、少しばかり目が離せなくなってしまうという現象。
このところ、そのようなことが多くなってきたような気がする。それに自分も子供ではない、何故そうなってしまうのか理由は明確だった。きっと当の本人は気付いていないだろうが…
「鬼灯さまはきっとお疲れなんですよ、いつも朝から夜まで…本当に大変そうで」
「そうかもしれませんね…ご心配ありがとうございます」
「いえ、お身体には気を付けてくださいね。では、私はこれで失礼しますね」
彼女はそう言ってこちらに背を向ける。私も同時に目を伏せるが彼女がドアに手を掛けたところで咄嗟に顔を上げ、気付けば口が開いていた。
「かな子さん、」
「はい、なんでしょうか?」
少しだけ驚いたような顔で再び振り向くも、すぐにいつもの微笑を浮かべ小首を傾げる。
何故呼び止めたのか、特に追加の仕事や用事などない上に理由すらも定かではない。強いて言えば、もう少しだけ同じ空間に居たいだけなのかもしれないが。
「かな子さん、貴女は私をどう思いますか」
「…え?ええと、いきなりですね…とても頼れる補佐官様だと思っていますよ」
「そうですか、補佐官…貴女にとってはそうなのでしょうね」
突然の質問とその返答に対する私の返事に不思議そうな表情を向けられた。確かに上司からこのような問い掛けをされると困ってしまうだろう。
当たり障りのない彼女の答えに大した言葉を掛けられなかった。
ああ、このままいつもと同じように彼女と別れ仕事を終えまたいつもと変わらぬ朝を迎えるのか。
こんな日々をどれほど続けているのだろう。そう考えていると自分に嫌気が差し、つい苛立ってしまう。
「…あの、鬼灯さま。私、何か気に障るようなこと…」
心配そうな顔で恐る恐る口を開いた彼女にはっと我に帰る。きっと今の自分の顔は眉間に何重にも皺が寄って、目付きも相当なものだったのだろう。目線は手元の書類だったものの、怖がらせては元も子もない。
「ああ、すみません。かな子さんのせいではないので気にしないでください。ですが…もう一つだけ、お聞きしたいことがあります」
ドアの前に立っていたかな子さんがこちらに近付こうとしたがその前にそう言葉を返し、静かに立ち上がって彼女の元へ歩み寄る。足を止めたその場所は、彼女の目の前。
何も言わずにじっと見下ろしていると彼女は、あの、えっと…などと小さな声で言いながら視線は真っ直ぐ合うことがない。
ドアを背にしている彼女の顔の横にトン、と右手をついて少しだけ屈むように顔を覗き込む。やっと視線が絡んだが、その顔はほんのり熱を持っているかのような色だった。
「かな子さんに下心を抱いてしまう上司は、どう思いますか」
「し、下心…ですか?」
「ええ、愛は真心ですが恋は下心と言われているでしょう。そんな下心を部下に抱いてしまっては、補佐官失格でしょうか?」
自分に似つかわしい言葉を口走っているのはわかっている。逃げもせず私を見上げる彼女の大きな瞳から目が離せなくなったまま、平然を装い答えを待つべくじっと見つめる。
「鬼灯さまが、恋…」
「私も男ですよ。では遠回しに聞くのはやめにしましょう、かな子さんが好きです」
「…いきなり言うなんて、反則です…もっと、好きになっちゃいますよ」
良いですよ、と言って彼女の頬を左手で包み込む。微かに肩を揺らし、驚いた様子ではあったがそのまま距離を縮めていく。
キスの一秒前に一言だけ、
「どうぞ好きになってください。下心から脱せられますから」
のめり込むくらい好きになれば良い。私ばかりが貴女を好きだなんて、それで満足なんてするわけないでしょう。
14/05/19
加筆修正 18/01/04

