このところ、少しだけ悩んでいることがある。確証はないし証拠もない。けれどこういうときの女の勘は大抵当たるもの。
好きで好きで焦がれるような気持ちになることより、不安で堪らない夜の方が多い。こんなに辛いなら別れたら良いなんて、自分でもわかっているけれどそんな簡単に決断が出来ないのが現状なんです。
「最近、あまり眠れていないようですね」
いつものように鬼灯さまの執務室に書類を提出に来ると、 ぺらりと書類をめくりながら鬼灯さまがそう言葉を発した。視線は書類に向けられたままだけど、その言葉が私の胸に突き刺さる。大した言葉じゃないはずなのに、こんなにもずきりと来るものなのか。
「…すみません、仕事中は顔に出さないようにしていたんですけどね」
「いえ、咎めた訳ではありませんよ。まさか持ち帰り仕事でも?」
「そこまで仕事は溜め込まないので大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
まさか鬼灯さまに指摘されるとは思ってもみなかった。軽く頭を下げると謝る必要はないですよと言ってくれた。厳しいお人だけど、こうやって人をよく見ているし優しいところだってある。だから女の子達が鬼灯さま鬼灯さまと騒ぐのか、と考えてしまう。
そんな私と鬼灯さまのやり取りを見ていた閻魔大王様が手元にあった巻物を置いて珍しいねぇ〜と溢した。
「鬼灯くんが女の子にそんな心配するなんてね、紳士なところもあるんだなぁ〜」
「私も時々徹夜しますから、寝不足の辛さはわかるんですよ。…はて、一体誰のせいでしょうねぇ」
「うっ…鬼灯くんの目が怖い…!い、良いよ鬼灯くん先にお昼休み入っておいで!後はワシがやるからっ。かな子ちゃんもお昼休みなんだから、ご飯食べておいでよ」
先程置いた巻物を慌てて持ち直して大王様が言うと、鬼灯さまはお言葉に甘えてお先に失礼しますと会釈した。
この圧力の掛け方、普通は上司が部下にやるものなんじゃ…と心の中で呟いた時に再び鬼灯さまの目線がこちらに向けられる。
「…ということですので、お昼行きましょうか?かな子さん」
「は、はい…大王様、お先に頂いてきます」
なんだか流れで鬼灯さまとお昼を取ることになった。いつもは自分でお弁当を作って持って来ていたけれど、最近は睡眠不足のせいもあり食堂に頼りっぱなし。もちろん今日も食堂で食べるつもりだったからちょうど良かったのかもしれない。
…あれ、でも鬼灯さまと二人きりっていうのは久しぶりかもしれない。お香さんと食堂に来た時に偶然居合わせると同じテーブルで食事をしながらお話することは時々あったけど…
よくよく考えると、変に緊張してしまいそう。
「話を戻しますが、かな子さん…最近は随分と思い詰めているようですね」
「…鋭いですね、鬼灯さまは。さっきは持ち帰り仕事があるのかってわざわざ聞いてくれたのに」
「まぁ、大王もいましたからね。仕事には支障を来さないものの表情に出ています。…私が聞いて良い話なのかはわかりませんが」
「そう、でしたか。…少し、悩まされているのは本当です」
お互い時々テレビに目を向けたり、他愛もないことを話しながら昼食を取っていたが不意に鬼灯さまが私にとって二度目の図星発言をかましてきた。
まさか自分の個人的な悩み、しかも恋愛関係の話をしようとは思っていなかったが少しだけ鬼灯さまに話してみることにした。
付き合って半年になる先輩獄卒の彼氏からの連絡が最近めっきり減ったこと、会ってもなんだか冷たいような気がする上に携帯ばかり気にしていること。一緒にいるときにその場を去って電話に出ている時もある。
そんな話をしている間、鬼灯さまは時々頷きながら静かに話を聞いてくれた。
「そうですか…確信や証拠はないが疑ってしまう、と。そういうことですね?」
「はい、あからさまに態度が違いますし…会う約束をしても断られたりもするようになりました」
「…かな子さんは彼を信じたい気持ちはありますか」
真っ直ぐこちらを見据えて問い掛けられる。信じたいのか、と問われると確かに信じたい気持ちはある。けれどそんな勇気はないし、自分から振ってやる勇気もない。そんな私は弱虫で意気地無し、それに加えて優柔不断だってとっくに気付いている。
そうやって俯きながら頭の中で考えていると涙が溢れそうになったが、仮にも上司の前だ。ぐっと堪えて顔を上げた。
「自信はないけど…信じたい、です。もう少しだけ…」
「貴女がそうしたいなら信じてやりなさい。話は聞いてあげられますが、私はかな子さんと彼のことを決める権利はありませんから。…頑張って、くださいね」
「はい、頑張ります。鬼灯さまに聞いて頂いて良かったです…ありがとうございました」
やがて昼食を終えて私は衆合地獄へ戻ろうとしたが鬼灯さまはこれから執務室で事務仕事に取り掛かるそうなので食堂の前で別れることにした。
「なんだかすみません、せっかくお昼ご一緒させて頂いたのに暗いお話になってしまって」
「私から聞いたことなので気にしないでください。あまり一人で思い詰めるのは良くありませんよ。では、私はこれで」
午後もお互い頑張りましょう、と言ってくるりと背を向けて歩き出す鬼灯さま。
つい、つられるように一歩踏み出して「鬼灯さま、」と名前を呼んでしまった。呼び止められた彼がこちらを振り向く。
「はい?どうしましたか」
「…あの、何故私に元気がないって気付いて頂けたのでしょうか?その、鬼灯さま以外の方には指摘されなかったので…」
「いつものことですから。気付きますよ、それくらいは。…では」
そう言って再び前を向いて歩き出した。私はただ、彼の背中を見送るだけだった。
いつものこと…どういうことなのだろう。鬼灯さまは人の表情から心境を伺うのが得意ということ?
あの言葉の意味が、この時の私には理解出来ていなかった。
14/05/25
加筆修正 18/01/04
好きで好きで焦がれるような気持ちになることより、不安で堪らない夜の方が多い。こんなに辛いなら別れたら良いなんて、自分でもわかっているけれどそんな簡単に決断が出来ないのが現状なんです。
「最近、あまり眠れていないようですね」
いつものように鬼灯さまの執務室に書類を提出に来ると、 ぺらりと書類をめくりながら鬼灯さまがそう言葉を発した。視線は書類に向けられたままだけど、その言葉が私の胸に突き刺さる。大した言葉じゃないはずなのに、こんなにもずきりと来るものなのか。
「…すみません、仕事中は顔に出さないようにしていたんですけどね」
「いえ、咎めた訳ではありませんよ。まさか持ち帰り仕事でも?」
「そこまで仕事は溜め込まないので大丈夫です。ご心配をお掛けしました」
まさか鬼灯さまに指摘されるとは思ってもみなかった。軽く頭を下げると謝る必要はないですよと言ってくれた。厳しいお人だけど、こうやって人をよく見ているし優しいところだってある。だから女の子達が鬼灯さま鬼灯さまと騒ぐのか、と考えてしまう。
そんな私と鬼灯さまのやり取りを見ていた閻魔大王様が手元にあった巻物を置いて珍しいねぇ〜と溢した。
「鬼灯くんが女の子にそんな心配するなんてね、紳士なところもあるんだなぁ〜」
「私も時々徹夜しますから、寝不足の辛さはわかるんですよ。…はて、一体誰のせいでしょうねぇ」
「うっ…鬼灯くんの目が怖い…!い、良いよ鬼灯くん先にお昼休み入っておいで!後はワシがやるからっ。かな子ちゃんもお昼休みなんだから、ご飯食べておいでよ」
先程置いた巻物を慌てて持ち直して大王様が言うと、鬼灯さまはお言葉に甘えてお先に失礼しますと会釈した。
この圧力の掛け方、普通は上司が部下にやるものなんじゃ…と心の中で呟いた時に再び鬼灯さまの目線がこちらに向けられる。
「…ということですので、お昼行きましょうか?かな子さん」
「は、はい…大王様、お先に頂いてきます」
なんだか流れで鬼灯さまとお昼を取ることになった。いつもは自分でお弁当を作って持って来ていたけれど、最近は睡眠不足のせいもあり食堂に頼りっぱなし。もちろん今日も食堂で食べるつもりだったからちょうど良かったのかもしれない。
…あれ、でも鬼灯さまと二人きりっていうのは久しぶりかもしれない。お香さんと食堂に来た時に偶然居合わせると同じテーブルで食事をしながらお話することは時々あったけど…
よくよく考えると、変に緊張してしまいそう。
「話を戻しますが、かな子さん…最近は随分と思い詰めているようですね」
「…鋭いですね、鬼灯さまは。さっきは持ち帰り仕事があるのかってわざわざ聞いてくれたのに」
「まぁ、大王もいましたからね。仕事には支障を来さないものの表情に出ています。…私が聞いて良い話なのかはわかりませんが」
「そう、でしたか。…少し、悩まされているのは本当です」
お互い時々テレビに目を向けたり、他愛もないことを話しながら昼食を取っていたが不意に鬼灯さまが私にとって二度目の図星発言をかましてきた。
まさか自分の個人的な悩み、しかも恋愛関係の話をしようとは思っていなかったが少しだけ鬼灯さまに話してみることにした。
付き合って半年になる先輩獄卒の彼氏からの連絡が最近めっきり減ったこと、会ってもなんだか冷たいような気がする上に携帯ばかり気にしていること。一緒にいるときにその場を去って電話に出ている時もある。
そんな話をしている間、鬼灯さまは時々頷きながら静かに話を聞いてくれた。
「そうですか…確信や証拠はないが疑ってしまう、と。そういうことですね?」
「はい、あからさまに態度が違いますし…会う約束をしても断られたりもするようになりました」
「…かな子さんは彼を信じたい気持ちはありますか」
真っ直ぐこちらを見据えて問い掛けられる。信じたいのか、と問われると確かに信じたい気持ちはある。けれどそんな勇気はないし、自分から振ってやる勇気もない。そんな私は弱虫で意気地無し、それに加えて優柔不断だってとっくに気付いている。
そうやって俯きながら頭の中で考えていると涙が溢れそうになったが、仮にも上司の前だ。ぐっと堪えて顔を上げた。
「自信はないけど…信じたい、です。もう少しだけ…」
「貴女がそうしたいなら信じてやりなさい。話は聞いてあげられますが、私はかな子さんと彼のことを決める権利はありませんから。…頑張って、くださいね」
「はい、頑張ります。鬼灯さまに聞いて頂いて良かったです…ありがとうございました」
やがて昼食を終えて私は衆合地獄へ戻ろうとしたが鬼灯さまはこれから執務室で事務仕事に取り掛かるそうなので食堂の前で別れることにした。
「なんだかすみません、せっかくお昼ご一緒させて頂いたのに暗いお話になってしまって」
「私から聞いたことなので気にしないでください。あまり一人で思い詰めるのは良くありませんよ。では、私はこれで」
午後もお互い頑張りましょう、と言ってくるりと背を向けて歩き出す鬼灯さま。
つい、つられるように一歩踏み出して「鬼灯さま、」と名前を呼んでしまった。呼び止められた彼がこちらを振り向く。
「はい?どうしましたか」
「…あの、何故私に元気がないって気付いて頂けたのでしょうか?その、鬼灯さま以外の方には指摘されなかったので…」
「いつものことですから。気付きますよ、それくらいは。…では」
そう言って再び前を向いて歩き出した。私はただ、彼の背中を見送るだけだった。
いつものこと…どういうことなのだろう。鬼灯さまは人の表情から心境を伺うのが得意ということ?
あの言葉の意味が、この時の私には理解出来ていなかった。
14/05/25
加筆修正 18/01/04

