バレンタイン戦争
あぁ、どうして茶色い個体がこんなにも大量に宙を舞っているのだろう。
イタっ…な、流れ弾のように時々何粒か当たる。正直けっこう痛い。
私はと言うと、そんな戦場から逃れようとそーっと法廷の隅の柱まで移動してそれに背を預けしゃがみ込んだ。
「苦っ!甘く、ない…当たり前だよね、砂糖入ってないし」
一粒も投げていないカカオを摘まんで口に放ってみたが、じんわりと口に苦味が広がる。後ろからは、このカカオ豆や実を投げたり投げられたりしている獄卒の皆さんの声。
この不可思議なイベントの言い出しっぺの補佐官様は、いつも閻魔様が座っているはずのあのお高い場所から様子を見物していた。アナタは観客ですか…いや、主催者でしたね。
女性は意中の男性にカカオをぶつけ、好きな人が居ない男女は縛りつけている亡者にカカオをぶつけろと言う何とも斬新なバレンタインイベント。
意中の男性はいなくもないがまさかぶつける勇気なんてあるはずもない。
…何故って、相手がこのイベントの主催者なのだから。
「じゃあこのスキに、どうぞこれ!」
聞き慣れない女性の声が聞こえた。あれ?カカオぶつける時ってそんな台詞言わない…よね?
思わず振り返って柱から顔を出した。
見知らぬ女性からチョコレートであろうラッピングされた小さな箱を差し出されている鬼灯さまがいた。
そして、それにあやかってなのか他の女性の獄卒の方々が鬼灯さまに向かってチョコレートらしきものを次々投げている。まるでお賽銭のように。
何あれ何個あるの?それ以前に周りに女の子が集まりすぎだと思う。
…やっぱり、この人はこういうことなら不自由ないな。と、今までわかってはいたことだったけど改めて痛感してしまった。
そんな光景を背に、私は立ち上がって静かに獄卒達で賑わう法廷を後にした。
残ったのはほとんど減っていないカカオと、隠し持っていたチョコレート。
頑張って作ったし、ラッピングだってピンク色にしてレースのリボンで飾ってうんと可愛くした。
…けど、あんなの見ちゃったらあげる勇気が更になくなってしまって。
年に一度のイベントの力を借りて思いを伝えようとした。相手は上司な上に鬼の中でもトップに立つお方だ、フラれても良いやというダメもとだったけど。一応、幼馴染という部類だと思うし鬼灯さまも私のことを幼馴染だと言ってはくれても、所詮お香さんほどの付き合いの長さではないんだし。
そんなことが頭の中をぐるぐるしていて、ただ立ち尽くしていた。このカカオが甘かったらヤケ食いしてやるのにと思った瞬間、後頭部にコツンと何かが当たってそれが床に転がった。
「それ、ほとんど減っていませんね」
ふと後ろから聞こえた低い声。振り向くとそこには鬼灯さまが立っていた。床に目をやるとコロコロと転がっているカカオ。
「今、私の頭にぶつけましたか?」
「ええ、棒のように突っ立ったまま動かないので後頭部ド真ん中を狙ったところ、命中しまして。時にかな子さん、貴女は誰にもカカオをぶつけていないのですか」
「…はい、一個だけ食べて美味しくないなぁと思っただけです」
この人、私の頭に狙いを定めていたのか。でも、軽く当たる程度だったからとんでもない怪力の鬼灯さまにとってはかなり手加減してくれたのであろう。良かった、それは本当に良かった…
扉の奥からはワーワーと皆さんが盛り上がっている。あれ、盛り上がっていると言えばついさっきまで鬼灯さまの周りも盛り上がっていなかったっけ?
「鬼灯さま、モテモテでしたね。…あれ、お賽銭みたいに放り投げられていた大量のチョコは…」
「全てお断りしました。元々賄賂を避けるために、基本的には禁止しているのですよ。まぁ、誰かに渡しているところを目撃したとしても特に咎めはしませんが」
「…でも、鬼灯さまは受け取らないと」
「私なんて立場上賄賂を渡せる格好の的でしょう。誰が仕掛けてくるかわからないので全て受け取っていませんよ」
真面目なのか何なのか…きっと真剣に想いを寄せて渡した子も少なくないだろうに。まぁ、全部貰ったら貰ったで持ち運びも食べるのも大変そう。あ、お返しも一苦労なのかな…
「…ところで、かな子さんからのお返事を聞きたいです」
「お返事…ですか?何か保留してたお仕事ありましたっけ…」
「仕事ではありません。先程貴女の後頭部に命中したものがあるでしょう」
…あ、カカオ。でも、確か女の子が好きな人に投げるルールじゃなかったっけ…もしかしてチョコレートを貰わなかった鬼灯さまが私を亡者代わりにしてぶつけたのだろうか。
「ぶつけた亡者にお返事を聞く制度もあったんですか?」
「貴女は亡者なんですか」
「…半妖でした。これは亡者にカウントされないんですか?」
「かな子さんが亡者にカウントされるのなら、人と鬼火のミックスである私もカウントされません?」
こんなツッコミをされなくてもわかりきっていることなのだろうけど、なんせ鬼灯さまがお返事がどうのなんて言うからわからなくなった。とりあえず先程投げられたカカオを拾ってみる。
「逆チョコ」
「え?」
「知りませんか?現世では最近こういうバレンタインもあるらしいですよ」
「逆…ええと、男性が女性にですか?」
「そうです、なのでかな子さんにぶつけて差し上げたのですが」
至っていつもの仏頂面は変わらず淡々とそう告げた。…逆チョコなんて初めて聞いたけど、私の勘違いでなければ鬼灯さまからチョコを貰ったようなものだと思って良いのだろうか…いや、でも冗談かも…
どうしよう、頭の中がぐるぐる混乱してきてしまった。鬼灯さまが、私に?
「ま、待ってください…あの、私…」
「その可愛らしいチョコレートは、どなたに?」
「……ほ、鬼灯さまに」
ふと鬼灯さまの視線が私の手元に落とされた。ずっと片手にチョコレート、もう片手にカカオ豆だったけどこのタイミングで誰に渡すのかと聞かれてしまった。
真っ直ぐ目を見れなくて、手元のチョコレートに視線を移して小さい声で本命のお相手の名を告げる。
視線を上げずともわかったのは、鬼灯さまがこちらに歩み寄って来たこと。目の前でぴたりと止まると、私の手からすっと例のチョコレートを取る。
「これがお返事ということで自惚れても…よろしいでしょうか?」
「え、あの、女性からは受け取らないんじゃ…」
「好きな女性からのチョコレートを断る馬鹿な男は居ませんよ。それともこれは賄賂ですか?」
「ち、違います…っ」
ふと顔を上げるといつもよりも柔らかな表情をした鬼灯さまが居た。思わず見入っていると、大きな手が私の頬を包む。何か言おうと口を開こうとしたけれど、それは叶わなかった。
そんな二人の距離がゼロになる寸前に、囁くような小さな声で話した鬼灯さまの言葉が私にははっきりと聞こえた。
「かな子さんのことが、ずっと好きでした。誰よりも…」
その声は、どんなチョコレートよりもどんなお菓子よりも甘く聞こえてしまって。
「うわわわわ…み、見ちゃったよ…どどどどうすんだよ茄子!!」
「トイレ行こうとしたら出るに出られなかっただけだし…けど、俺達はUFOよりもすげえモノ見れたじゃんっ!鬼灯様のラブシーン!!」
「ま、まぁ…そうだな。あの鬼灯様に彼女だぜ…大王様、腰抜かすんじゃないか?それか泣いて喜ぶか」
「随分楽しそうですね。その大王が泣いて喜ぶニュースを私にも教えてください」
「「ほほほほほほ鬼灯様!!!!」」
「鬼灯さまっ、金棒振り上げないで!チョコレート返してもらいますよ!」
「……かな子さんに免じて今回は許してあげましょう」
「「(鬼灯様でも、好きな子には弱いんだ…)」」
加筆修正 17/12/28
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