帰ってきたのが日付をまたいでいた。
これはよくあることだ。ワイシャツからお酒の匂いがした。これもよくあることだ。
その後、喧嘩になった。
これが、問題だった。


仕事柄日付をまたぐ事などしょっちゅうあったから、同棲を始めたときもコレと言って新鮮味はなかった。が、新鮮味がないかわり、楽しみはぐんと増えた。寝室の角にこれを置いて、キッチンにはこれを、なんて分厚いカタログをめくりながらソファに背をうずめ、うんうん唸っていた春歌に、はじめ龍也は苦笑していた。どれも変わんねえだろうと言いながら隣に腰を下ろしコーヒーを啜っていたが、しばらくすると熱心にページをめくる春歌の手先を覗き込み、「これがいいんじゃねえか」とかなんとか細かく指定してくる龍也に苦笑するのは春歌の番になっていた。値段と性能、色、ブランド。様々な要素を検討しつつ二人でじゃれ合いながら、カラフルな付箋をぺたぺたと貼っていった。これが昨日の昼下がり。

「わたしはっ、」

視線が合って初めて、ぶわりと感情が溢れた。もうこんな顔見られたくないのに。

「わたしはまだ、かわりになれないんですか!?」

帰ってきて早々、社長の気まぐれで運転手をさせられたため、酒は一滴も飲んでいないのだとぼやいた龍也を迎え入れ、冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを差し出そうとする春歌を制した龍也は、キッチンのシンクの前で何やら探しものをしていた。そして雑談もそこそこ、今思えば、と冷蔵庫に軽く背を預けた龍也が気だるげに呟いた。


『今思えば、春輝は変わってたなあ』

最近、彼は親友であった人の話を、こうやって少しずつ会話にのせてくれるようになった。硬い心を少しずつでも解いてくれているのだと、わたしといることでそれを促せているのならと馬鹿みたいに自惚れた想いを抱きながら、リビング兼仕事場のテーブルに備え付けられた椅子に腰を下ろし答えた。『そんなに変わっていたんですか』

『ああ、お前とは全然違う』

おまえは、春輝のかわりじゃねえからな。

確か、そうですかと返した気がする。わからない。
でもわたしはずっと彼の親友だった人を目標に音楽を作っていた。
一センチでも一ミリでも近づきたいと我武者羅に背伸びをし続けていた。かわりにはなれなくとも、せめてかわりに近い存在になれたら。女としてだけでなく、パートナーとしても近しい、春輝さんのような存在に。

気づけば部屋から飛び出していた。
慌てて名前を呼ばれた気がしたが、背中で受けた。結局、どれだけ傍にいたって春輝さんのかわりにはなれない。どれだけ誤魔化したって逃げたって無駄だ。

「こっちみろ、春歌」

頬に添えられた、決して繊細でない、むしろ荒削りの手のひらに自身のそれを重ねた。目を閉じながら、するすると下げ、ワイシャツの袖をぎゅっと握る。涙が止まらない。


かみさまに愛されたくなかった。
たったひとり、こどくなおうさまが伸ばす手の先に、神様にあいされた私はいない。




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