見える?
見えるよ。


聞こえる?
うん、聞こえる。

触れる?
ほら、確かめてごらん。


わかる?伝わってる?
大丈夫。ちゃんと感じられるよ。



ねぇ私は、
なぁ俺は、

繋がれている?



「泣き虫。」
「……泣いて、ないよ?」
「…じゃあ、この耳鳴りみたいなの止めて。お前が泣いてると、いつもこの音がする」


色彩の全く違う瞳が、真ん丸に見開かれる。元々大きいのに、そんなことしたらあっという間に乾いてしまいそうだ。
そんな見当違いなことを考えながら、頬に触れた。


「…濡れてる。」
「……………」
「嘘つき」


こつん、と寄せられる額。あまりに近い距離は視界の自由を奪うけど、それでもその瞼の下に灯る温かさは伝わって来るから。
くしゃり、音を立て張り詰めていた心が萎んで、顔が歪んでしまう。


「甘えろとか、泣けとか言うつもりはない。…だけど、嘘だけはつくな」
「…解っちゃうもんね?」
「そうじゃない。…ただ俺が、嫌なだけ」


面倒くさいことが嫌いだ。特別興味を惹かれることも、情熱を注げる対象もこれと言ってない。
そんな世界の中で、こいつだけが泣きたくなるくらい鮮やかだった。
くるくる、変わる表情と移ろう感情。それは周りに活発な印象ばかりを与えるけど、本当は踏み込ませない為の境界線だ。
ただ変わり―――変え続けることで、入り込まれないように距離を取る。


「…ごめんね」
「……謝って欲しい訳じゃない。」


一つの命を分け合って、同じ場所を共有して生まれて来た筈なのに。似ない、重ならないわたしたち。
繋いだ手はいつもどこか不格好で、何だかすこし歪んでいた。


「お前が泣くのは、俺の代わりだって知ってるから」

生まれた時から空っぽな部分、埋まらない穴。一人じゃどうすることも出来ない場所。
悲しくないよ、痛くもない。ただちょっとだけ、さびしい。だけど俺は上手には泣けなくて、嘆くことも出来なくて。


「せめて、拭う役目くらいは俺のもののままでいさせて欲しい。」

泣かない私のはんぶんは、私が泣くと耳鳴りが聞こえるらしい。怒り、嘆けば頭が痛くなり、嬉しい時は、喜びの日には胸の内が熱を持つとも。
その表情は私ほど変わらなくたってちゃんと、世界を映してる。見て、聞いて、触ってちゃんと感じている。


「…淋しいね。」
「そうだな」
「でも私、嫌じゃないの」
「………俺も。」


鏡映し、超えられない境界線の向こう側。そんな場所に立つ存在だった、お互いに。
だけど今瞼を開けばそこにはお前がいて、耳を澄ませば声が聞こえる。手を伸ばせば触れられる距離に、指先で温度を確かめられる近さに、いる。


「…ふたりぼっち、かぁ」

私はあなた、あなたは私。
同じで違う、違って同じな二分の一。
きっとそうやって生まれたから私たちは、数多の『もう一人の自分』と巡り会えるんだろう。








知っていたよ、あの夜を迎える前から。もう一人の自分は、誰より何より近くにいたのだから。


20111125