「さのすけさん?」
「………」
「さの、さん」
「、悪い」

たまには二人で晩酌でもするかと、月を肴に呑み始めて。元来酒に強くない千鶴は、徳利の半分にも満たない量でうつらうつらと舟を漕ぎ出してしまった。
そのまま縁側にこてんと寝転びかねない彼女から猪口を取り上げて、無理矢理膝に寝転ばせて半刻。
さらさらとその黒髪を梳くように撫でながら、今日はこんなことがあった、そんな他愛のない報告をし合う。

「私、ちゃんと聞いてますよ?お話…続けて下さい」

ふと言葉を途切れさせてしまった為に、千鶴が仰向けに体勢を変えて。
今にも寝そうな顔をしているくせに、不満そうに結ばれた唇が先を促した。

「悪かったって。いやな、毎日毎日…本当に幸せだからよ。柄にもなく、浸っちまった」

天気が良い。風が優しい。川の水が冷たい。飯がうまい。よく眠れた。そんな些細なことの一つ一つが、とても幸せだと思う。
こんな風に感じたことなんかなかった。なのに自分は、変わっていた。
髪を撫でていた手を額に乗せると、月色が心地良さそうに細められて、ゆっくり閉じていく。

「わたしも、幸せですよ?」
「そりゃ良かった」
「小さなことを幸せだと思えるのは、あなたがいるからですよ」

嬉しそうににこりと笑って、千鶴は俺の腹に顔を埋めるように向きを変える。
全く、それは俺の台詞だ。

「千鶴、」
「………」
「寝ちまったのか?…あのな。俺も、お前と同じこと考えてたよ。お前がいるから、小さな幸せを感じることが出来る」

そっと髪をどけて、露わになった小さな耳に唇を寄せる。

「ありがとな…千鶴」

眠ってしまった筈の彼女の耳が真っ赤なことには、気付かないふりをしてやろうと思った。
ああ、今日も幸せだ。





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