「…、……」
「…千景さん?」

誰に聞かせるつもりでもなくついた小さなため息は、妙な所で聡い彼女の耳に届いてしまったらしい。
縁側に腰掛ける自分の右隣り、うかがうように見上げる瞳とかち合った。
ことり、両の手のひらで大事そうに持っていた猪口を置いてそっと俺に手を伸ばす。

「お疲れですか…?」

彼女の細い、華奢な指先がさらさらと髪を梳いて頬に触れる。それを捕らえて唇を寄せると、途端にその頬に朱が走った。
くつり笑ってそのまま引き寄せると、存外簡単にその体を抱きしめることに成功する。
やわらかくて温かい、心地良い重みに目を細めると腕の中から再度不安げな声がかかって。

「あの、もう休んだ方が良いんじゃないですか?」

見上げる瞳は先程まで口にしていた酒のせいなのか些か熱っぽい。

「お前は本当に自分には無頓着な癖に他人には呆れる程気を遣うな…」

何かにつけて気を配り働く様は、見ていて気持ちの良いものではある。
しかし、考えてしまう時がある。自分の傍で彼女は安らぐことが出来ているのだろうかと。
不意に千鶴が視線を外し、きゅ、と小さく抱き付いて来る。
普段あまり自分から触れて来ようとはしない彼女のこの珍しい行動に、目を丸くしていると。

「他人じゃないです。私にとって、千景さんは、他人じゃないです」
「…千鶴?」
「それに私は、千景さんだから、心配するんです」

私は千景さんにとって他人ですか?
少しだけ震える問い掛けに、そうだなお前は他人などではないな。そう答えてやると、嬉しそうに笑って。
猫のように擦り寄って来る温もりに、俺もまた笑う。

「千景さん千景さん、」
「?何だ」
「…大好き、です」
「!」

どうやら千鶴は酒に酔うとほんの少しばかり素直に、甘えたになるようだ。千景さんは?問うて来る幼さが、愛しい。

「お前を好いているか…だと?当たり前だ」

たまにはこうして夜を過ごすのも良いかもしれない。空に浮かぶ彼女の瞳と同じいろをした月を見上げながら、そっとその背を抱く力を、強めた。





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