「…千鶴?」
「お帰り」
家に帰って戸を開けたら、むすっとした顔が一瞬見えてそのままぼすん。
強制的に戸を背に預けた俺の、懐に飛び込む俺の妹。
「どうしたの」
「………」
「千鶴?」
「…元気をね、もらってるの」
いつだって能天気に笑う千鶴の声に、その力強さがないこと。そんなこと、最初の一言で気付いてた。
ぎゅうぎゅう抱き着いて来る小さな手も、いつもよりずっと力強くて。
「悲しいことがあったの?」
「違うよ」
「じゃあ辛いこと?」
「違うの、」
「嫌なことでも言われた?」
「ううん、そうじゃないの」
ぐずりながらもやっと上げたその顔の、瞳は相変わらず不満そうないろを浮かべて。
真一文字に引き結んだ唇は、緩めたら今にもこぼれそうな涙をせき止める為の手段なんだろう。
「………」
「うん、」
背中に添えていただけの手に、そっと力を込めた。抱きしめると、心臓の音が重なっていくようで俺は笑う。
「頑張ってたもんな」
「…そんなこと、ないよ」
「だって千鶴、最近すぐに俺を頼らなくなっただろ」
今までは、何かあると必ず俺のこと呼んでたのに。
苦労して時には泣きそうになりながら、躓いても転んでも千鶴はすぐに俺を頼ろうとしなくなった。
それが寂しくて、でもほんの少し嬉しかった。それは、後ろを歩いていた千鶴が隣に来るということだから。
「頑張ってるよ、お前は」
「まだ、まだ駄目なの」
だって結局こんな風に、薫に甘えてるんだもの。
ぎゅう、これ以上くっつけないくらいに千鶴が俺を抱きしめる。矛盾するその言動に笑いながら、頭を撫でた。
「そんな、常に肩に力を入れてたら、疲れちゃうだろ。」
「だって、」
「疲れたら頑張る為の力だって出なく
なるじゃないか」
だからもっと甘えてよ。俺が頑張る為の力は、お前からもらってるんだから。