何をやっても、上手くいかない時がある。
大きな失敗こそないものの、いつもなら考えられない小さなミスを連発。嫌なことがあったとか落ち込んでるとか、そんな訳じゃない。
むしろ良いことの方が多かった、と思う。

『…お前の時間が欲しいな』

疲れていたのかもしれない。
幼なじみじゃなくなってから初めての誕生日。プレゼント期待しててね、なんて笑う月子に思わずこぼれ落ちた一言。掠れたような呟き声を、あいつの耳はばっちり拾う。
昔からそうだった―――風邪をひいて寝込んでる俺の横で、一緒に見舞いに来た筈の哉太とぎゃあぎゃあ騒いで。だけど俺が名前を呼べば必ず、哉太もこいつもぴたりと止まる。
その変わらない事実が嬉しくて、でも情けない気持ちでいっぱいになった。
一緒にいたいんじゃない、一緒にいて欲しい。そんな、甘ったれた気持ちからこぼれた言葉だったから。

『…そんなことで良いの?当日は元々、ずっと一緒にいるつもりだったよ』
『そんなこと、じゃないよ。月子と一緒にいられて、俺は幸せなんだから』

甘い蜜のような言葉で本音を飾る。
だって俺はいつだって信頼される、頼られる存在でありたいんだ。
悲しいことが、辛いことがあったなら何時間だって隣にいる。どんな小さな声だって絶対に、こぼさないから。

「錫也、誕生日おめでとう!」

日付が変わる瞬間だって電話してたのに、月子はまた嬉しそうに祝福を口にしてくれた。
むず痒くてくすぐったい、そんな気持ちが胸に広がるのに何だか今日も上手く笑えない。

「錫也?」
「!…ごめん」

視線から逃げるように手を引いて、部屋の中へ案内する。
何もしなくて良いとは言われていたけど、手を動かさなきゃ考えてしまいそうで。カラン、水滴をつけたグラスの中で氷が踊った。

「月子、今日はありがとな」

今日は俺の誕生日で、月子が、大好きな月子が傍にいてくれる。
そのしあわせに寄り掛かって、ぐちゃぐちゃに甘えてしまいそうな自分が怖い。
だって俺はいつだって、頼られる存在だったんだから。

「…錫也」

癖みたいに貼り付けた笑顔に、返って来たのは不機嫌な声。
唇を引き結んで、頬はほんのり色付いて、それから眉間に寄せられた皺。
ああこれは、泣き出す寸前の顔だ

「月子?どうした?どこか痛いのか」

自分の焦燥や不安、そんなものは全部放って月子に向かう。泣かないで、笑って欲しくて隣にいるのに。

「…違う」
「え」
「痛くない。私は痛くなんかないよ、錫也」

す、と伸ばされた指先が頬に触れる。温かい手のひらが頬を包んだ。

「…わらわないで、」
「月子…?」

泣きそうな顔のまま落とされる言葉の意味が、よく分からなかった。

「…どうした?何か辛いなら、話してくれ」
「……………」
「月子、」
「………ばか錫也」

きゅ、戸惑う俺の服を月子が握る。
ほんの少しだけ詰まる距離、俺が作るお菓子とは違うあまい匂いがふわりと鼻をかすめた。

「もっと私に甘えてよ…」
「月子、」
「錫也が私の時間を欲しいって言ってくれて嬉しかったの。いつも私は錫也に甘えてばっかりだったから」
「っ、」
「今度は私が、錫也を支えてあげられるって思ったのに」
「月、子」
「錫也のばーか」

今にも泣き出しそうな顔で、でも涙をこぼすことなく月子は真っ直ぐ俺を見つめる。

「もっと頼って、甘えてよ。寄り掛かったって良いんだよ。私ちゃんと立ってるから」
「………」
「錫也はいつも聞いて、拾ってくれるけど…私も聞きたいよ」

指先が、髪に触れる。あやすように撫でるから、堪らない気持ちになって。

「…俺はいつだって、月子の声をこぼさずにいたい」
「うん、」
「嬉しいことも悲しいこともちゃんと分かって、共有したいと思ってる」
「…うん、」
「だから、俺は…っ」

解りたい解っていたい、そんな気持ちばかり先行して。解って欲しいなんてこと、考えもしなかった。
それは何て一方的で、子供じみた考えだったんだろう。

「錫也」
「うん、」
「今まで沢山、たくさん話したから今度は錫也の話を聞かせて」
「…うん、」
「いっぱい話して、いろんな声を聞かせて。そしたら、何か言うよ」
「…っ…、」

くしゃり、子供みたいに顔を歪めて。今まで一度だって見せたことのなかった泣き顔をさらけ出して、縋る。

「そばに、いて」
「うん」
「俺の話を、聞いて欲しい」
「うん」

こんな風に、欲しがる言葉を口にするのは慣れなくて。僅かな恐怖が、声を震わせる。

「錫也はいつも私を優先し過ぎるから、せめて誕生日の今日くらいもっと甘えて」

涙を拭う指先が、笑んで細められる眼があんまり優しいから。あんまり強いから、俺は。

「…俺、欲張りだぞ」
「私を困らせるくらいでちょうど良いんだよ」

月子の、左手を掬う。
白く華奢な、飾られないきれいな手。

「今日だけじゃ、なくて」
「…うん」
「これからの、お前の時間も欲しい。ずっと隣にいたい」

虚勢を剥がして、飾りを削って。頭をもたげた重苦しい感情を、差し出した。

「いいよ」

それでも、お前はすくい上げる。
ああ、俺に頼って、甘えてばかりだと思っていたお前はこんなに強く優しかった。

「誕生日おめでとう、錫也。リボンはついてないけど、許してね」

絡めた指、重なる唇、触れた体温。
その、一つひとつを確かめることで知る。
俺がどうしてこんなにもお前が好きで仕方ないのか、その訳を








20100701
ハピバースデイ錫也!
企画『ありがとう』さまに提出致しました


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