出会いは偶然だった。
そうして必然のように、惹かれた。
言葉を交わさない日は寂しくて、突き放されたら切なくて。隊を支え、皆を率いる背中に恋をした。
彼らを失い空いてしまった隙間を少しでも埋められるなら、向けられる感情は何でも構わない。
「…こっちに来い、千鶴」
こうして隣に生きることを許された今も、その想いは変わらずにあって。
彼はあの頃からずっと遥か彼方を、彼岸を見つめている。その視界に私はきっと、ない。
それでも時折かけられる言葉は、触れる指先は、腕は、唇は優しいから。ほんの少しだけ、甘い感情を滲ませてくれるから。
あらゆる建前を並べ立てた所で、結局。私はただ馬鹿みたいに彼に惚れ込んだ一人の女なのだ。
どうしたって、この人を愛しいと想うことをやめられやしない。
「…ん、」
「、ちづる…」
くちづける合間に落とされる、常より舌足らずに名前を呼ぶ声。
す、とくちづけの間中ずっと撫でるように項をさする固い指先。
頬にかかる自分のものではない黒髪も長い睫毛も、包み込む匂いも彼のものだというだけで安心する。
口に出したら、言葉にしたらきっと呆れられるだろうから、言えないけれど。
詰まるところ歳三さんなら何でも好きなんだと思う。笑ってしまうくらい、夢中なのだ。
「ふ、」
「…どうした?」
名残惜しそうにかさなりが解かれて、僅かに熱を帯びた瞳が真っ直ぐ私に向けられる。
頬に、項に添えられたままの手のひらに擦り寄るように触れた。
「…ずっと、」
「ん?」
「ずっと、このままでいたいと…そんな風に、考えていたんです」
「…そうか」
紫苑が揺れた。理由は分からない。
ただ甘えることを許すように身体を引かれて、そのまま胸に飛び込んだ。
とくとくと規則的に刻まれる鼓動に泣きたくなる。あとどれくらい、この音を聞いていられるんだろう。
声も温度もかたちも、いつまで近くにある?いつまで私は、覚えていられる?
「…千鶴」
沢山を失って、沢山を見送り続けた彼のさいごまで傍らにいられることを嬉しく思う。
私ならもう、目の前で命を失うこともなく嘆かずに済むのだ。私の方が見届けて、見送ってあげられる。
「千鶴、」
誰より近くに、隣にいられる。歳三さんは優しくしてくれる、甘やかして、温かい気持ちをくれる。
「千鶴…?」
もうそれで、十分じゃないか。
身に余るくらい、幸せじゃないか。
「…泣いてるのか」
好きで、好きで仕方がない。
笑って欲しい、笑いかけて欲しい。
違う、本当は泣いても怒っても良い。
ただ傍で生きてくれたら、良い。
そう思っていた、筈なのに。
「…っ…」
これ以上何を望むの。
恋しいと、渦巻く気持ちを自覚する度どんどん我が儘になっていく。
今にも壊れそうなくらい、溢れそうなくらい好きでしょうがないのだ。
だけど心のまま泣き叫んで、欲しがるなんて、そんなこと。
「…落ち着け、」
低い声が空気を震わす。宥めるように、抱きしめる力が強くなった。
拭われることのない涙は歳三さんの着物にぽつぽつとした染みを作り、せめてもと自分の手で覆うけれど意味をなさない。
しがらみも、物思いも全て振り切って。この手で縋り付けたならどんなに、どんなに心が軽くなっただろう。
「…っ、く、…っ」
「……………」
この、空っぽな。
さびしいつめたい、手のひらを。
伸ばしたくて、躊躇って。
結局ちいさく握りしめて、そうやって引いてしまうこの手のひらを。
繋げたならどんなに、どんなにしあわせだろう。
「……………」
「……眠った、か」
震える肩を抱きしめ宥めているうちに、泣き疲れた身体からゆるゆると力が抜けていった。
子供のようにぼろぼろ涙を流す癖に、声を押し殺して静かに泣く様はひとりの女のそれで。
見知らぬ一面に出会う度に僅かに跳ねる心臓と、上がる体温。
その心と身体の全てを攫い、喰らい尽くせたらと何度考えては打ち消した?
離れることなく傍らで笑い、ただ触れられるだけでも信じがたい程の幸福だというのに。
「千鶴…」
間違いなく、置いて逝くのに。
どんなに願おうと、どれだけ足掻こうと、必ず独りにしてしまうのに。
いっそ解放してやりたい、考えるのはほんの刹那でまた抱きしめてしまう。
そんな俺に千鶴はやわらかく笑うから、応えてくれるから。
甘ったれた期待ばかりを、繰り返す。
「…ガキか、俺は」
どうしようもなく溺れてしまった。
恋しくて、愛しくて仕方がない。
笑って欲しい、笑わせてやりたい。
祈るように、想う。
不器用に慰めることしか知らない、出来ないこの手で涙を拭い去れたならどんなに、どんなに心が満たされただろう。
「…歳三、さ…」
この、虚ろな。
いやしくよごれた、手のひらを。
差し出しては、悔やんで。
結局きつく固く握りしめて、そうして引いてしまうこの手のひらを。
重ねたならどんなに、どんなにしあわせだろう。
さまよう手のひら
望まれたら、望んでくれたならきっと全てを差し出せるのに。
優しく触れる指先は、微笑む瞳は全部を欲して、奪ってはくれない。
それが哀しい。それが、寂しい。
互いが互いの全てには成り得ないと、わかっているのに。