縁側に寝転がる仔猫のように丸まった背中に感じたのは、ほんの少しの呆れと大きな安らぎ。
昼間は徐々に暑くなって来たものの、日が沈んでしまえば心地よい風が吹いて過ごしやすい。すやすやと眠る姿に、そっとため息を落として隣に腰掛けた。
「安心しきってんな」
緩みきった表情は、いつにも増して幼く映る。と、ふいに眉間に皺が寄ったかと思うと、千鶴がゆるゆると瞼を開く。
「お」
「んー…」
「千鶴?」
しかし完全に寝ぼけたその瞳は、ほとんど俺を映してはいない。緩慢な動きで俺の腰に抱き着いて、もぞもぞと寝心地の良い角度を探す。
ようやく枕にちょうど良い場所を見つけたのか、満足そうに微笑んでまた瞳が閉じた。腰に回されていた腕も解かれて、また始めのように背中が丸まって。先程と違うのは、その枕が俺の膝だということだった。
「おい、普通は逆じゃねぇのか?」
「……………」
白い頬をつついてみるが、完全に寝に入ったらしい千鶴は穏やかな寝息を立てる。本当に子供のようだ。
さらり、乱れた黒髪の隙間から首筋がさらけ出される。―――かつて幾度となく傷を与え、血を奪った場所。指先でなぞったそこには微かな痕すらなくて、ほっとすると同時に、どうしてか僅かに焦燥を感じて。それをごまかすように手のひらを頭に滑らせて、髪を撫でた。
涼しい風が肌を撫で、すり抜けて行った。見慣れた風景が薄闇から墨色を纏い始める中で、触れる千鶴の身体だけが温かくて。この上なく穏やかで、静かな時。くすぐったいような、幸せな違和感に苦笑いをこぼす。
「…ん。歳三、さん?」
「起きたか」
「すいません…膝、疲れましたよね」
覚醒しきっていないこともあるのだろうが、どうやら今日は甘えたい気分らしい。いつもなら照れてすぐに離れる身体は、未だ俺の膝の上。
まだ少し眠たそうな目元をこすっていた手が小さく着物の裾を握った。
「そんなに寝心地良かったのか?」
俺の問い掛けに、仰向けに変わった千鶴が笑う。とろけるような月色がやわらかく細められて、途端に空気が甘くなった。
「歳三さん、ずっと撫でてくれましたよね」
「わかったのか?」
「何となく」
そうか、答えてそのまま顔を近付け触れるだけのくちづけをひとつ。
「…くちづけの場所には、それぞれに意味があるのを知ってるか?」
「いえ…?」
華奢な背を抱き寄せて、起き上がらせる。横抱きの状態で向かい合った瞳が、真っ直ぐに俺を見つめる。
「手は、尊敬」
「掌は懇願」
「瞼は憧れを」
「額は友情」
「頬は厚意」
ひとつ言葉を落とす度に、その場所へ唇を寄せる。少しずつ、千鶴の頬が赤らんでいった。そして最初にくちづけた、唇へ戻る。
「…唇は、愛情」
「ふ…」
眠気ではない理由でとろんとした月色にぞくりとした。指先を首筋へ、伝わる滑らかな感触にまた焦燥が少し心を焦げ付かせる。
「首筋は…欲情」
言って唇を押し当て、痕を刻む。離れて絡ませた視線には、明らかな熱が灯っていて。
「歳三、さん…」
「…あの頃から俺は、お前が欲しくて堪らなかったんだな」
重ねるだけではないくちづけを、唇に。内に燻っていた熱を分け与えるように、強く深く、抱きしめた。
溺れるように、( 愛し求めたのは、その全て )20090620