じめじめとした梅雨が明け、太陽が青空を白く染める。雨天決行か、という心配も杞憂に終わりそうだ。
今日は夏祭り。約束していた、夜が来る。

「帯、変じゃないかな…」

慣れない、でも少し懐かしい下駄をカラコロと鳴らしながら待ち合わせ場所へ向かう。
夏特有の少し温い風が、頬を撫でた。耳を澄ませるとお囃子が聞こえて、知らず顔が綻んで早く会いたくなる。
携帯で時間を確かめて、顔を上げた先の光景に私は目を丸くした。

「歳三、さん?」
「…よぉ」

待ち合わせ場所はここじゃない。なのに何で、向かう途中のこの道で?私の表情に、彼はゆるやかに笑って。

「祭の夜っても、一人歩きは危ねぇと思ってな。迎えに来た」
「だって…待ち合わせ場所、すぐそこじゃないですか」
「お前は危なっかしいんだよ」

子供扱いする言葉に少しむっとしたけど、彼の浴衣姿に顔が熱くなって何も言い返せない。

「…行くか」
「はい!」

ゆるく繋いだ手の熱に、鼓動が少し速くなった。


太鼓や笛の、軽やかな音が空気を震わせる。提灯や屋台の明かりに彩られた街は、いつもと違う場所に思えた。

「お前も何か食いたいもんがあったら言えよ」
「了解です」

空いている方の手で串焼きを持って、彼が笑う。立ち並ぶ屋台に楽しそうな横顔。いつもより少しだけ、幼く見えた。

「遠慮すんじゃねぇぞ?ほら、これも食え。お前見てると、折れちまいそうで怖い」
「折れませんよ!…じゃあ、ちょっといただきます」

手は繋いだままで、私のもう片方の手には、巾着。緊張しながら、彼の手に握られたそれを口にした。

「…何か餌付けしてるみたいだな」
「………」
「冗談だ」
「…リンゴ飴、買って下さいね」
「おう」


真っ赤なリンゴ飴を持って、川辺の方へと歩いて行く。賑わいが遠ざかって、ほてった肌が冷まされた。
繋いだままの手は少し汗ばんでいて、でも離したくなくて。きっと私のこんな気持ちは、この人にはとっくに気付かれているんだろう。

「…歳三さん」
「あ?」
「今日は、やけに私を甘やかしてくれるんですね」

歳三さんは不器用だ。でも、その分すごく優しい。それが今日はいつも以上に甘さを含んでいたから、つい聞いてみたくなってしまった。

「…そうか?」
「はい」
「………お前にしてやりたかったことが、馬鹿みてぇにあったんだよ。こうやって一緒に祭行ったり、堂々と二人で人前歩いたりな」

眉尻を少しだけ下げて笑う、ちょっと呆れたような微笑みの時、彼は昔を想っている。私はただ、その視線を受け止めて笑った。

「私も、歳三さんにして欲しいことやしてあげたいことが沢山あります」
「千鶴、」
「でも…一辺にしてもらうと、心臓が持ちません」

だって一緒にいるだけでもう、鼓動は嫌という程速くなるのだ。それなのにその声で、瞳で手のひらで甘やかされてしまったら、どうなってしまうだろう。

「今の私達には、これからもいっぱい時間があります。ずっと隣にいさせてくれるなら…ゆっくり、一つずつしていきましょう?」
「…そうだ、な。千鶴、」
「?はい」

歩き続けていた足が止まって、彼を見上げると繋いだ手がほどかれる。そしてそのまま、手のひらが頬に触れた。

「とりあえず今…触れさせてくれ」

背の高い彼が、かがんで近付いて来る気配がして。閉じた瞼の向こう側で、鮮やかな光が夜空を彩るのを感じる。
重ねた唇はただ、熱い。夏のにおいが、鼻をついた。








20090615

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