君といううつわは、酷くやわく脆そうに見える癖にとても大きいものだから、困る。
我が儘な振る舞いも勢いに任せてぶつけた激情も、君は受け容れて見せる。
傷ついて、泣いて、よろける癖に最後はわらう。抱きしめて噛み砕き、ゆっくりと嚥下してしまう。
そうして僕を、身勝手な僕をただの子供にしてしまう。
ねぇ、無尽蔵に思える君の容量は僕限定であって欲しいなぁ。

「…総司さん」
「んー?」
「あの、洗濯物が畳めません…」
「うん。で?」

今日も真面目に家事に取り掛かる後ろ姿に、気配を絶って近付いていく。触れるそのぎりぎりまで音を殺して、捕獲。
未だこうした不意打ちに慣れない肩が大きく揺れて、僕は笑いを抑えられない。

「今日は特別寒いと思わない?寒い時は暖をとらなきゃ」
「………」
「この家で一番あったかいのは千鶴だよ。自分で気付かなかったの?」
「…もう、」

呆れたような、僕をゆるすため息がこぼれ落ちる。洗濯物に構いきりだった白い手が、僕の袖を掴んだ。
―――小さな、簡単に折って壊してしまえそうな手のひら。刀より洗濯物が、花が似合う華奢な指。かつてはこの手が憎らしくて仕方がなかった。守られるだけの、何も出来ない弱い存在にしか思えなかったんだ。
だけど、いざ自分がその立場に押し込められた時に思い知らされたのは紛れもないこのこの強さ。
守られる人間は、守られる強さを持たなければならない。自分を理由に命が奪われる現実を、事実を知らなければいけない。
そうでなくても優しい子だから、僕が味わった百倍も二百倍も悩み苦しんだであろうことは想像に難くなかった。
変若水を飲み、千鶴の為に刀を振るうことを決めた夜。僕は、彼女に問うた。

『…僕は今後、君を守るその為だけに刀を握る。君は耐えられるの?君を理由に殺す僕を、君を理由に殺される命を』

愚かな問い掛けだった。否と言われた所で手放してなどやれる筈もなく、ともすれば殺してしまったかも知れない。
あの頃の僕らの間にあったのは、寒さを和らげる温かな繋がりじゃなかった。互いが互いを目の前にしながら、震え、体を強張らせるような。ひりひりとした、乾いた痛みを伴うそれだった。

「総司さん、考えごとですか」
「…んーん。君の温みを堪能してただけ。ほんと、あったかい。それから良いにおいがする」

肺に吸い込む甘い香りを、分け合う体温をこんなに愛しく尊く感じるなんて。
いつまでも触れていたい。いつまでも閉じ込めていたい。甘ったるい想いは募るばかりだ。

「…総司さんも、あったかいですよ」

擦り寄る頬を、口づけで撫でる。春夏秋、あらゆる命の色に溢れていた景色は白く閉ざされて、僕らの息すらその色に染まっていた。
透明な光が薄く差し込む部屋は音もなく、二人分の呼吸と僅かな衣擦れだけが空気を震わせる。

「仔猫がじゃれてるみたい。温かくて、くすぐったい」
「爪でも立てましょうか?」
「君も言うようになったよね…どうせ立てるなら腕より背中にしてくれる?そこなら僕も喜んで差し出すよ」

手を取って抱きしめて、唇を重ねて。そうして繋いだ先で傷つけ合うのは、どこよりもやわらかくて甘い場所。
どうか互いのその場所を知るのは、そこに傷を刻むのは、互いだけであって欲しい。

「ねぇ、寒いんだ。千鶴は…?」
「…寒いです、とても。」

指先はかじかみ、体は強張るのに心と涙ばかりが温度を失わない。
冷えた頬を滑り落ちていく透明な雫は何よりも温かくて、あたたかくて。

「…ごめんね、どうしてこんなに涙が出るのか僕にもよく分からないんだ…」

君が僕のさいごであるように、僕もまた君の最後でありたい。祈りながら僕は、その身体を抱いた。








20100912

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