第一印象は、か弱い小さな鳥だった。
大きすぎる親鳥の元から巣立つことが出来ずに後ろをついて歩く、雛鳥のようだと。
( 刷り込み、と言ったかな )
常に真っ直ぐに伸ばされた背を追いかける小さな後ろ姿を目にする度、そんな言葉が頭をよぎった。

「…何か可笑しいことでもありましたか、大鳥さん」
「あ、いや失礼…。ちょっと思い出し笑いをね」

今日も今日とてぱたぱたと彼の人の後ろをついて回る雛の微笑ましさに口元が緩み、それを目敏く見咎めた背の持ち主に視線で射抜かれる。

「…言いたいことがあるんなら、腹に貯めずに言ったらどうです。そんな笑い顔を向けられると居心地が悪くてかなわない」

緩く笑った口元に、肩に入った力が抜けた。出会った当初こそ眉間に皺を寄せ、鉄面皮のようだと思っていた彼は存外よく笑う。
しかしけして穏やかでなく、常に何かを悔いているようだったそれが温かみを帯びたものに変わったのは、自分の手で実現させたあの再会の日からだ。
我ながら、あの時は良い仕事をしたと自負している。たとえ鬼と称される男であっても、束の間の安らぎを得ねばやがて無理が来るだろう。

「それは失礼。…いやね、雪村君は実に一生懸命だろう」
「…はあ」
「新選組の絆には目を瞠るものがあるとは感じていたが、君と雪村君の間にあるそれは他とはまた違うものに思えてね」

ある種盲目的とすら言える尊敬を一身に集める姿を、あの月の色をした瞳だけが違う温度で見つめていた。
彼の背に続かんとする者達の中で、刀すら握らぬ手の持ち主だけがその背を支えようと伸ばしているように思えたのだ。

「頼りない小鳥に見えていた僕は、人を見る目がないようだ」
「雪村が小鳥、ですか」
「気を悪くしないで聞いてくれよ?」
「別に構いやしませんよ。…刀を持ち戦に明け暮れ、人と獣の境目なんざ踏み越えてる時代ですからね」

彼の指先が腰に差された刀に触れる。かつて壬生狼と呼ばれた武士の牙は、まだその胸の内に鈍く光っているのだろう。

「…なぁ大鳥さん。雀だとばかり思って拾った奴が、実はとんでもなく化ける雛だったら…あんたはどうします」
「それは…雪村君のことかい?」
「ええ。何、深くは考えんで下さい」

人をくったような笑みに馬鹿にされている気がして、その実真剣な眼差しに思わずこちらも真面目に考え込んでしまう。

「…少なくとも、雪村君が化けるとしたらその理由は君にあると思うよ」

まさか真面目な答えが返って来るとは思っていなかったのだろう、彼が目を見開いた。

「何せ狼の懐で育った雛だ。僕はよく知らないが、君が拾ったからこそ今の雪村君があるんじゃないのかい」
「俺が、拾ったから…?」
「そうだよ。君の背に必死に食らいついて来る程の根性は、君の元でなければ育たないだろう」

そう言えば彼は、呆気に取られた顔をしそしてまた笑う。今ひとつ掴み所のないその反応に閉口していると、聞き慣れた足音が近付いて来た。

「やあ、ちょうど君の話をしていた所だよ」
「え!?」
「…こいつに変に構わないで下さい、大鳥さん」
「え、あの、」
「おお怖い怖い。恐ろしい狼に噛み付かれる前に退散するとしよう」

僕と彼の間に挟まれおろおろと見上げる雛をひと撫でして、その場を後にする。
角を曲がる前にちらり盗み見ると、屈託のない穏やかな微笑みと、それを慈しむように細められた瞳がそこにあった。

「本当に良い仕事をしたよ、僕は」

まるで色を失くしたような景色ばかりが目につくこの北の地に、戦ばかりが思考を支配するこの日常に、彼らは埋もれず鮮やかに在る。
後ろをついて回るだけの小さな背が、隣に並ぶ日も近いだろう。
今はまだ寄り添うだけの彼らの進む道が、交わるように、重なり合うように願う。

「鳥に止まり木があるように、狼にも安らぐ場所はある筈だからね」








20090603