暗がりに、やさしく輝くひかりを見た
そうしたら君に、会いたくなった。



夏の星ほど眩しくもなく、冬の星ほど遠くもない。秋の夜空に瞬くひかりが好きだった。
手が届きそうで届かない、そんな子供じみた寂しさを煽る星が好きだった。

「ここは暗いなぁ、」

どうやら曇っているらしく、今日の空には星が見えない。
自分の意志で、自分のこれからを決められるようになり随分と経った。
思い上がっていたのかもしれない、僕は僕自身で未来を選び取れるんだと。
だから気付けなかった、いや気付かなかった。僕が岐路に立たされた時、いつも足元を照らす光りがあったことを。
豪快に笑うあの人も、いつも眉間に皺を寄せていたあの人も、穏やかに微笑んだあの人も不器用だった彼も馬鹿みたいに真っ直ぐだった彼らもみんなみんなみんな、消えた。

「存外寂しいものなんですね、ひとりって」

対等だと思ってた、背中を預けられる存在だったから。だけど今感じるこの上ない喪失感に、どれ程依存していたかを知らされる。
一人では自分自身の、ましてや誰かの道を照らしてあげることなんか出来なくて。
冷えた風は、白い明かりは肌を撫でるようにすり抜け心に届く。微かな棘を孕みわらうのだ、

『お前はこんなに弱かったのか』

何が正しいんだろう何が間違ってるんだろう何が求められているんだろう何が不要なものなんだろう、何が何が何が。
足元はおろかどこを見回しても暗闇ばかりが広がって、自分の指先すら見失っていく。
今触れているものは、握っているものは何 だ?

「沖田さん」
「……っ…」

瞬間、手首を掴む温度が引き戻す。
涼しい筈の夜なのに、嫌な汗がじわじわ滲んで頭がくらくらする。詰まった息を大儀そうに吐き出すと、不安げな月色が僕を見た。

「どうしました…?」

ああ、そうだった。
誰も、何もいなくなっても僕の隣にい続ける君。
それはまるで、星のない夜空に淡く光り続ける月のようだった。

「…月をね、見てたんだよ」
「……これで汗を拭いて下さい」

差し出された手ぬぐいは、べたつく肌を拭うのにちょうど良かった。一度濡らして固く絞られているものだから、一体この子はどれだけ気遣いなのかと苦笑いが込み上げて。
さら、とまた風が吹き抜ける。
今度は内側に潜ることなく肌を撫でていくだけのそれに、誘われるように瞼を閉じた。
隣に腰掛けた小さな気配を探り、寄り添うふりをして寄り掛かる。僕の頭は君の肩より頭に乗せる方がちょうど良い、そんな差異にこころが温まった。

「ね、千鶴ちゃん」
「はい」
「さっきまで、本当にね…月を見ていたんだよ」
「…疑ってなんてないですよ?」
「うん。あのね、そうしたら会いたくなったんだ。他の誰でもない君に」

僕が君を必要だと、すきだと思うのは、君の前でならまだ強くいられるからなのかな。
指標どころか足元すら見失って、手探りのまんまでさ迷い歩いて傷付いて(それを隠して、)またその手を引いて。
それでも君は隣にいてくれるから、僕はまだ生きようと思えるのかな

「僕はさ、頭が働く方じゃないんだ。だけど好き嫌いは激しい」
「…知ってます」
「うん、そうだよねぇ…だからかな、僕のすきな人が僕を必要としてくれるならそれで、」

それだけで良かった。
振るった刀が描く軌跡が、歩んだ足の残す道が何だろうと、間違ってないと思えたんだから。

「…っ…、」
「おきたさん、」
「………ねぇ君は、月みたいだね」

真ん丸の、穏やかな白い月。
時に形を変えることはあっても、消えることのない永遠の月。

「…月は独りじゃ輝けないんですよ」
「…?」
「もし…もし、私が本当に月なら、私は『私』を照らしてくれる誰かがいるから初めてそうなれるんです」

小さな手が、僕をそこからゆっくりと引き上げていく。
やっぱり君はやさしいよ、だけどその光りすら自分だけのものじゃないと笑う。

「…ありがとう」

それからごめんね。
光差すかたわらに陰が出来るように、君にも闇は、傷はあると言うのに見ようとしていなかった。

「私こそ、ですよ」

僕の視界はまだくらいまま、一寸先すら見えそうにない。だけど確かに握ったこの手を離しはしないから、ずっと一緒に歩いて行こう。
いつか僕がなくした、君がなくした光りの分まで、君の陰たる傷も全て照らして守って包むから。








20100507

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