緩く、やわらかく。
無意識に侵食するふわふわとした曖昧な暖かさに、思考の芯が穏やかに霞んでいく。

「…さん、歳三さん」

瞼を透かす白い光、それに眉をしかめながら無理矢理こじ開けた視界に、千鶴。
とろけるような笑みを浮かべて、日差しを背に細い指先が俺を揺り起こす。

「…寝ちまってたのか、」
「はい」
「まだ眠ぃな…」
「畳の跡がついちゃってますよ」

困ったような声色で、でもその口元は笑ったまま千鶴が俺の頬を撫でる。

「こんなに暖かいと、すぐ眠くなっちゃいますもんね」

太陽が一番高い位置へ上ってから数刻が経っていた。何をするでもなく畳に寝転がり、天井を見つめるうちに寝ていたらしい。
俺を見つめる月色はまるで我が子をあやす母親のように穏やかだ。いつの間にこいつは、こんな表情も出来るようになったんだろうか。
未だ覚醒しきらない頭には、出会った頃の幼く垢抜けない顔が浮かんでは消える。

「畳よりは寝心地良いと思いますよ」

正座を崩し、ぽんぽんとその足を叩く千鶴に逆らうことなくそこへ頭を乗せる。
ああ、何もこいつだけが大人びた訳ではなく俺もまたガキのように幼くなったのか。
以前ならそんな納得しがたい理屈はさっさと頭の中から追い出していたというのに、今は甘んじて受け入れている俺がいた。
もぞもぞと頭を動かして安定する場所を探す。桜の花に似た微かなにおいが、肺へ染み込んでいく。
やがて千鶴の方を向いた状態に落ち着いた俺の、短くなった髪をその指が梳くように撫でて。
爪の先ほどの歯がゆさが、募る。

「…んな、犬猫にするみてぇな触り方すんじゃねぇよ…」
「ふふ、」

春の日差しと、この部屋の空気と、こいつの足と、手と、体温と、香りと、声と。
俺を包む全てがあまりにやわらかく心地良いから、まるで温い水の中に浸かっている気分になる。
そうだ、いつだったか女はその腹の中に海を持っていると聞いたことがある。今の気分は正にそれに漂っているようなものだ。
温かく、何物からも己を守る腕の中。
そんな、らしくもないことを考えさせるなんて。

「……………」
「歳三さん?」

口を閉じながらも寝た様子のない俺に、やんわりと掛けられる声。
ああ、ああ。こんなに心地良いのに、こんなに気持ち良いのに。何故俺はどこか気に入らないのか。
白い首筋へ腕を伸ばし、無理矢理引いてその唇を奪う。

「…っ!!」
「―――」
「、…ん…」

ぼんやりと霞む月のいろに、僅かながら満たされた気持ちになる。
―――庇護される側など性に合わない。下らないと言えばそれまでだが、いつだって俺は守る側でありたい。
この時間を手に入れるまでの日々で幾度となく、傷つけ奪い続けて来たのだ。
埋め合わせたい訳ではない、だが与えられ続けた日々に見合うだけの何かを残してやりたくて。

「歳三、さ…」
「…付き合え」

半身だけ起こしその肩を抱いて、もう一度畳へ沈み込む。
寝心地の良い枕はなくしたが、代わりに得た二つとない最上の抱き心地。
先程までは俺を包み込むようであった全てが今は、俺の腕の中にあって。
いよいよ瞼が重くなって、ふわふわ揺らいでいた意識がゆっくりと沈んでいくのを感じる。

「千鶴…」
「ん、」

名を呼び、もう一度だけ唇を重ねる。惜しむように離れた後、視線を絡ませ微笑み合った。
こんな溺れるような愛し方など、自分には何よりも縁遠いものだと思っていたのに。繰り返しても飽きるどころか、足りなくなるばかりだ。
愛しい、愛しい、愛しい。呼吸するように想いは身体の奥から溢れ、花のように降り積もっていく。

「歳三さん…」
「…どうした?」
「だいすき、です」
「…知ってらぁ」

万が一にもこの腕から、離れてしまうことなどないように。
抱いた両腕に力を込めて、二人共に夢の中へと落ちて行った。








20100227