秋、空が高くて食べ物が美味しくて夜が長い季節。
高校生の僕達は、中間テストなんてものに苦悩して嘆いて時間を取られてる。
そろそろ進級に響くから、いつもみたいな答案を出す訳にはいかない。本当に、本っ当に面倒だったけど、僕もそれなりに勉強した。( 主に古典 )
そりゃあ君と同級生になるのも悪くはないんだけどさ。君にはもれなくオニイサンが着いて来ちゃうし、やっぱり君の将来を引き受ける身としては経歴は少しでもクリーンな方が良い。
でもさ、せっかく暑さが引いて景色が綺麗でご飯が美味しいのに、君が隣にいないなんてつまんないよ。

「ちーづるちゃん、」

ひょこ、と覗き込んだ一年生の教室。テスト期間中は出席番号順に座り直すから、五十音後半の彼女は窓際後ろの席にいた。

「沖田さん!」
「や」

ひらひらと手を振って、こちらへ小走りでやって来る千鶴ちゃんを迎える。

「どうしたんですか?」
「千鶴ちゃんも二教科でお終いでしょ?一緒に帰ろうと思って」
「…わざわざ、迎えに?」
「ダメだった?」

僕はずるい。こんな風に聞いたら千鶴ちゃんが否定してくれるって分かってて、傷ついたような顔をする。

「!そんなことないです!っその、」
「うん?」
「わ、私も…会いたかったですし、」

あ、これは予想外だ。

「…勉強に集中出来なくなるから、控えたいって言ったの千鶴ちゃんの癖に」
「な、」
「そこに調子に乗った薫が畳み掛けてもフォローの一つもないし」
「う、あ、」
「寂しかったなー、僕」

わざとらしくため息をついて、ちらりと視線を投げれば赤い顔でちょっと涙目になりながら言葉に詰まる君がいて。

「…うそ。」
「え」
「寂しかったのは本当だけど、別に怒ってる訳じゃないから」

その代わり今日は付き合ってよ。
あんまり時間をかけてたら、あの顔だけはそっくりな過保護なあいつが来ちゃうからね。
テスト最終日、部活もない。恰好のデート日和なのに、そんなの野暮でしょう?

「…はい!」

およそ二週間ぶり。真っ直ぐ見た君の笑顔はやっぱり、いじめたくなるくらい可愛い。



「どこに行きたい?」
「うーん…まず、お昼ご飯食べに行きませんか?」

テスト期間中に急に涼しくなったから、前一緒に帰った時ベストだった上着はカーディガンに変わってる。
少し大きめのサイズなのか、手が半分くらい覆われて親指は指先が見えるくらい。
自然に取った手のひらは、絡めてももう汗ばむことはない。
ついこの間まで緑に染まっていた景色は赤く黄色く、空も高い場所にある。
こうして、もう一度。また君に出会ってから、三つめの季節が呼吸していた。

「…相変わらず、ちっちゃな手だね」

照らし合わせるように呟く僕を、君はほんの少しだけ困ったような顔で見つめて。
寄り添い合った冬とやわらかないろに溢れた春と眩しく過ぎた夏、なのにこの季節の記憶だけが一等薄いのは多分そういうことなんだろう。
だからいつにも増して君が恋しくて仕方ないんだ。

「暑くなくなったんだから、いっぱい出掛けようね」
「沖田さん、夏の間はあんまり活動的じゃなかったですもんね」
「だって千鶴ちゃん日焼けすると赤くなるから、可哀相になっちゃって」
「…え」
「あ、僕が暑いのが嫌で室内ばっかりだと思ってたの?…まあ確かに好きじゃないけどね」

にやり。笑う僕に、千鶴ちゃんはちっちゃくずるいと呟いて繋いでいた手に抱き着いて来る。何だ、知らなかったの?
左側だけが温かくて、何だか少しくすぐったかった。ゆるやかに吹く風が僕の、彼女の髪を頬を撫でて行く。
そこに夏の熱気も、春のやわらかさもない。ただ、ほんの少しだけ、切ない香りがした。

「たくさん一緒にいようね」

涼しさに託けてたくさん触れて、いろんな景色を見に行って、美味しいものを食べて。
きっと手にした溢れる程の喜びを、募る寂しさを、隣の誰かと分け合う為にこの季節は巡るんだ。
メールで、電話で。時には身一つで、君に会いに行こう。長い夜を、一緒に過ごそう。

「…そんなの、当たり前です」

紅い葉がひとひら、風に舞った。








20100227

- ナノ -