至極、気に入らない。
何をどう考えようと何処をどう見ようと、この状況が吐き気を催す程に気に入らない。

「…おい。一応聞いてやるが、貴様はそこで何をしている」
「よーぉ坊ちゃん」
「不知火…質問に答えろ」
「見りゃわかんだろ?膝枕だよ」
「…余程その首いらぬと見える」

百歩譲ってやる。風間の家の縁側で、不知火が膝枕をしているという現状はこの際流してやろうではないか。
だが、その相手が問題だ。どういう経緯と動機を以てして、こいつがここで寝ていると言うのだ。

「…ん、」
「テメェがうるせぇと姫ィさんが起きちまうだろ」
「くっ…」

緩みきった表情で、不知火の膝の上に寝転ぶのは仮にも俺の妻( 予定 )である千鶴。
まだ寝足りないのかもぞもぞと頭を動かしたかと思えば、不知火の服を握りまたすやすやと寝息を立てる。
まるで子供のように不知火に甘え縋るその様子に、喉元まで苦いものが込み上げた。
奴の手が千鶴の黒髪を撫でる。ああ、苛つく腹が立つ不愉快だ。

「不知火…それ以上その手で触れるな千鶴が孕む」
「お前に言われたかねぇよ」

少々乱暴に腰を降ろすと千鶴がまた小さく身じろぎする。
よく笑いよく泣き、弱々しいかと思えば変な所でやたらと頑固。妙な芯の強さを持つこいつの、こんな無防備な姿を見るのは久々かもしれない。

「お前さぁ、相っ当こいつの相手してねぇだろ。何か?嫁にもらうって宣言しときゃ後は安心とか思ってんのか」
「…貴様、」
「最初は警戒心剥き出しだったこいつが、今やコレだぜ?すっかり俺様に懐いちまってよ。ま、悪い気はしねぇけどな」
「…何が言いたい」
「俺も千鶴が気に入ってるって話?」

ニヤリと不敵―――もとい、すこぶるいけ好かない笑みを浮かべたこいつを今すぐ殴りたい。いや、いっそ斬りたい。
先程は堪えた衝動が今度ばかりは抑えられそうにない。遂に愛刀に指をかけた所で、千鶴が目を覚ました。

「…あれ、私…」
「お、起きたか千鶴」
「!」
「不知火さん…私、寝てました?」
「おー、そりゃもう熟睡」
「膝…すみませ…あ、」

ゆっくりと身体を起こした千鶴が俺に気付く。とろんとした月色がぱちぱちと瞬きを繰り返し、やがてその中に俺が映る。

「千景さんだぁ」

ふにゃり。締まりなく笑ったかと思えば、そのまま両手を伸ばして抱き着いて来た。

「千景さん千景さん」
「あーあ、やっぱお前が良いってか」

躊躇いながら抱き返すと、千鶴が嬉しそうに擦り寄って来る。
普段の千鶴はこんな甘え方をしない。寝起きはこんな破壊力を持っているなど、予想外だ。戸惑わない方がおかしい。

「っぷ…締まりのねぇ顔してんなぁ、風間よぉ」
「…黙れ」
「こいつもまあ分かりやすく上機嫌になってるしな。お前もう少し好かれてる自覚持ってやれ」

何だかんだ寂しがってんだからよ。
千鶴の頭を不知火が乱暴に撫でる。しかしこいつは嫌がるでもなく、俺の腕の中されるがままだ。
そしてごそごそ動いたかと思うと、不知火に視線を合わせてまたにっこりと微笑む。

「私、不知火さんもすきですよ」
「!?」
「お」

俺( の腕 )に抱かれていながらとんだ爆弾を落とした、未だふわふわした空気を纏う千鶴に時が止まる。

「千鶴、」
「はい?何でしょう不知火さ、」

ちゅ

「!!」
「…じゃ、俺行くわ。坊ちゃんに泣かされたら俺に言えよ。攫ってやらぁ」
「去れ不知火…今すぐ消えろ。むしろ爆ぜろ」
「あ、の」

ああ、気に入らない。
ひらひらと手を振り去って行く不知火の背に奴の得物の弾丸をありったけぶち込みたい衝動に駆られる。
ほんの一瞬奴が触れた千鶴の頬を袖で拭う。千鶴も千鶴だ、大人しく口づけを許すなど―――いい加減、頭も覚ましたらどうなのだ。

「…千景さん?」
「何だ」

ちゅっ

少し乾いた唇が触れ、音を立てて離れて行く。あまりに突然で呆気に取られる俺に、千鶴は満足そうな笑みを浮かべ。もたれ掛かったと思うと、また平和な寝息を立て始めた。

「……………」

次に目覚めたら構ってやろうではないか、存分に。焚き付けたのは奴と千鶴自身だ、俺に非などない。

「せいぜい思い知れよ千鶴…」

ふらつく暇も隙も与えてなどやらぬ。お前は俺だけを見て、俺だけのものであれば良いのだから。








20091219/君の先 茅太

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