放っておけない、危なかっしい奴。その程度の認識だったんだ、最初は。
気付いた時には、視線を外せない理由が変わっていた。
いっそ呆れるくらいに優しい笑顔をいつだって傍で見ていたくて、泣いているならその理由ごと拭ってやりたい。
庇護欲から思慕、そして愛情へ。
温度を上げ変化していく感情に振り回されながら、ようやくその手を取ることが出来た。
何も楽しいばかりじゃない、時には下らない理由で言い争いや喧嘩もした。
それでも離す気なんてただの一度も起きなかったのだから、相当惚れ込んでしまったのだろう。

積み重ねて来た時間を、日々を未来へ繋げたい。
そう願ったのは、とても自然なことだった。


「…あー…」
「?土方さん?」
「!」

小さく息づく、理由の見つからない違和感。ああくそ、一体何だって言うんだ。
不機嫌に任せて頭を掻いていた手をやんわりと取られ、小さく諌められる。
俺のそれより遥かに華奢な手の、薬指に指輪。

「どうしたんですか」
「…いや」

崩した俺の足の間にこじんまりと座り込んだ千鶴が、不思議そうに俺を見上げる。
ふわり鼻をつく甘い花のような香りに、思わず目を逸らしてしまった。
頭に浮かぶのは今日の昼、白いドレスに飾られたこいつ。常よりも鮮やかな化粧と髪型、ただ笑顔だけがいつもと変わらない。
惚れ直す、そんな言葉を再認識して。胸の奥を満たしていくくすぐったさが、たまらなく愛しかった。

「やっと落ち着けましたね」
「…何だかんだ今日まで忙しかったからな」
「引っ越しも同時進行でしたからね。でも、楽しかったですよ」
「そいつぁ良かった」

結婚を決めてから今日まで。互いの両親へ挨拶に行き許しを請い、式場の手配から招待状の作成に二人で住む部屋を探し。落ち着いた日などなかった。
特に難航したのは千鶴の兄と共通の友人達。本来なら報告で済む筈が、奴らの手強さと言ったらなかった。
人懐こく誰からも愛されるのはこいつの長所であり美点だと思うが、流石にあの時ばかりはそれを恨んだ。
そう、だから今日は久々の落ち着いた穏やかな夜なのだ。千鶴と夫婦となって、初めての。

「…!!…」
「?」

意識した途端、体に変な力が入る。
対する千鶴は不思議そうにしながらも、やわらかい微笑みを俺に向けて。
―――畜生、俺らしくもない。
先程から感じていた違和感の正体にようやく気付く。
変わったのは俺達の関係とこいつの頭につく名前、たったそれだけ。けれど確かなその事実に、緊張していたのだ。
ずっと隣で守りたいと思ったことも、その人生を背負って歩くと決めたことも望んだことだ。
しかし今こうやって『土方千鶴』として傍にいるこいつを意識して、今更それを実感したなんて。

「…まだまだだな、俺も」
「土方さん?さっきからどうしたんです?」
「…千鶴」
「何でしょう」
「お前、いつまで俺をそうやって呼ぶつもりだ」
「え」
「…あのな、お前も今日から『土方』だろうが」
「!!」

緊張を悟らせてなるものかと返した言葉に途端に耳まで赤くなる、その様が愛しい。分かってたんです、でも、ともごもご言い訳をする幼い一面すらも。

「おら、呼んでみろ」
「と…」
「と?」
「歳三、さん」
「…それで良い」

込み上げた感情を移すように、丁寧に名を紡いだ唇にキスを落とす。
何度も触れ、昼間誓いを込めて重ねたそれは、ひたすらに甘い。
頬に手のひらを滑らせて、深く。潤んだ月色に、口角が上がるのを感じた。

「これでもかってくらい、幸せにしてやるよ」
「としぞ、さ」

縋るように腕を掴む指先を取って絡める。白い手に輝く銀にも、キスを。唇はそのままに、また赤みを増した千鶴を見つめた。
先程までの幼さは消え、そこに揺らめくのは確かに『女』の表情。
こうして変わりゆく表情のひとつひとつに酔い、俺は溺れて行くのだろう。
いっそ呆れるくらいに優しい笑顔をいつだって傍で見ていたくて、泣いているならその理由ごと拭ってやりたい。
向ける思いが色を変えたあの日に抱いた、変わらない想い。

「これから先、お前が涙を流す時があるとしたら、その時は俺が必ず側にいる。笑った時は、思いきり抱きしめてやる。…もう一生、離してなんざやれねぇからな」

やがて別たれるまでの、永遠の誓い。
一度絡ませたこの絆を解くなど、考えることすらしたくなかった。
祈るようにもう一度唇に、頬に、首筋に。緩やかに降りていくキスに、白い肌が染まって行く。

「…離さなくて良いです。私もずっと、」

あなたを離しませんから。
小さく呟かれた蜜色の言葉は、俺を煽るには十分過ぎる程の破壊力を伴って。

「…染めてやるよ。お前の身体も心も全部、俺で」




讃歌



今宵、指先で愛を歌う。



20091101

指定:『これから先、お前が涙を流す時があるとしたら、その時は俺が必ず側にいる。』
→現代。結婚後初夜、甘め。柄にもなく緊張し照れる土方