いつだってそうだ。見つめられただけで鼓動が逸るのも、触れられる度に頬が染まるのも。同じ空間にいるだけで息が詰まって、泣きそうなくらい幸せになってしまうのも、きっと私だけ。
向けられる紫苑も撫でる指先も、いつも優しくて、そして穏やかだ。あたふたとする私の様子を見て、余裕を滲ませた微笑みをひとつ。
それが悔しくて、でもとても愛おしく思えてしまうのだから、救いようがない。


「…気は済んだか」

一通り家事を終えた昼下がり、縁側でくつろぐ背中が目に入った。先程までうたた寝をしていたせいか、いつもは真っ直ぐな後ろ髪が幼く跳ねる。
声もかけずに触れた私の指先を、好きなようにさせて暫く。あの頃に比べすっかり短くなってしまった髪を梳く私を、呆れたような瞳が射抜いた。

「歳三さんの髪、やわらかくて触り心地良いんですよ」
「…犬か猫でも飼うか?」
「歳三さんだから触りたいんですよ」

にこり、染まりそうな頬を隠すように笑ってみる。照れくさいけど本心だから言葉にした。少しでも、この人の心が揺れはしないかと。
それなのに、視線はいつもと同じ温度。ああでも一瞬だけ見開かれた紫苑、少しは成功と言えるでしょうか。

「…敵わない、です」
「あ?」

腕を首に回して、大きな背中に抱き着いた。きっと今の私は幼く映るんだろう、そう考えたらだんだん悲しくなった。

「…歳三さん」
「どうした?」
「女泣かせって本当ですか?」
「!?」

抱き着いていた肩が大きく揺れて、一気に強張っていくのが肌に伝わる。

「…おい、千鶴」
「沖田さんから、許婚がいた時期もあると伺いました。その頃から、その…いろんな方とお付き合いされてたと」
「あの野郎…」
「それに、歳三さん…すごく、冷静でした」
「あ?」

京で彼らと過ごしていた頃、一度だけ大々的に女の子の―――芸妓の、格好をしたことがある。
やたらと乗り気だったお千ちゃんと君菊さんに飾られて、ただただ緊張して俯いていた。そんな私に、彼はさらりと褒め言葉をくれたのだ。
それが、どうしようもないくらいに甘く、苦く心に滲んだことは今でも忘れられない。

「慣れてらしたと、思いました」
「あー…その、何だ、千鶴」

情けない、目に見えない過去にすら嫉妬してる。少しずつ降り積もった不安は、溢れるように言葉になって。

「…歳三さん、」
「っ」
「!!」

こぼれ落ちかけた問いは、抱き寄せられた胸のなかで消えて行く。
ため息と、鼓動。二つの音が私の耳を塞いだ。

「…くだらねぇこと、聞くな」
「え」
「お前が考えてることくらい、簡単に分かんだよ」
「歳三、さ」
「お前が良い。…お前じゃねぇと、駄目なんだよ」
「!」
「言わせんなよ…」

鼓動を刻む速度は変わらない。ただ触れた肌は、言葉は確かな熱を持って。きつく抱きしめられているから顔は見えないけれど、もしかしてこれは、照れてる?

「俺にとってもお前は『初めて』なんだよ」

きっと間違いなくこの人は、私にとって初めてでおわり。最初でさいごのひとになる。
私が知らない感情も、全部経験して来たひと。その歳三さんの、『初めて』。

「俺の何でもねぇ一言に一喜一憂するお前を見てるだけで、俺は幸せだとか感じてんだからな」

無骨な指が髪に差し込まれて、かたちをなぞるみたいに梳いていく。

「いちいち赤くなってんのがもったいねぇ。そんな暇があんなら、お前を見てたい」

お前が赤くなってんのを見るのは嫌いじゃねぇからな。
言って、後頭部に回された手のひらが引き寄せる。満足そうに弧を描いた唇に触れるまであと少し。
やっぱりこの人は女泣かせだ、なんて甘く揺らめく思考の片隅でぼんやりと考える。だって今もほらこうやって、私はあなたに泣いて笑うのだ。








20091020

指定:『女泣かせって本当ですか?』
→ED後で本編中は言いにくい質問とかズバっと聞いて欲しい

- ナノ -