他人同士に転生、が前提でほのめかす程度に不健全な描写があります。
大丈夫な方はスクロールして下さい。

























初めて会った日、あなたの瞳は揺れていた。言葉を交わした次の日は、震える指先が頬に触れた。私のかたちを確かめる手のひらは、とても冷たくて温かった。
あなたは私を知っている。私はあなたを知っている。私達は、互いを覚えている。
消えない痛みが、途切れた血の絆の代わりに二人を繋ぐの。




ゆっくり、ゆっくりと。水底から引き上げられるみたいに、意識が覚醒していく。覚めた目が真っ先に、私を捕える腕の持ち主へ向かう。離さない、そう言うみたいに抱きしめるその力が心地良かった。
たとえこの手を解かれたって、私はこの場所から離れられない。ここは、妹を庇護する兄の腕の中じゃない。南雲薫という、男の人の傍らなのだ。

「薫、まだ寝てる?」

生まれた時から、誰かと繋いでいた筈の手のひらは空っぽで。恋しい人が、会わなきゃいけない人がいる。寂しくて、哀しくて、会いたくて。ずっとずっと、ないていた。
鏡写しのあなたに会って、心が揺れた。その手に触れて、血で繋がれていた日々を思い出した。会いたかったよ、待っていたよ。ただただ、涙がこぼれて落ちた。

「…ちづ、る?」

確かめるように名前を呼ばれて、また腕に力が込められる。
赤の他人として生まれた事実は、私の、薫の心に不安を植え付けて。絶対の絆がない、その恐ろしさ。薫はいつだって私の手を取り、私はいつだって薫の姿を探してる。

『お前は俺のものなんだよ』

薫が言う。でもね、私は

『薫以外の誰かのものになんてなりたくないの』

そう言ったらきっと、あなたは泣いてしまうんじゃないかな。

理由なんて分からない、知らない。ただ私はそれ以外の選択肢なんてないみたいに、ひたすらに薫がすきで。失うのが怖くて、何もわかってない子供みたいに、妹みたいに甘えるの。
靴下を脱いで、素肌の足を投げ出して。容赦なく空気を焦がす夏の熱に、抱かれていた。触れている箇所が少しだけ汗ばんで熱を持つけれど、離れようなんて気にはなれなかった。

「…おはよう」
「おはよう。よく寝てた」
「…枕の抱き心地が良いんじゃない」

まだ寝ぼけてる瞳が私をとらえて微笑んだ。髪を撫でる手のひらと、寄せられた頬のくすぐったさに笑みがこぼれる。
何をするでもなく一緒にいて、抱き合って、寝転がって。子供みたいな時間ばかりが過ぎて行った。

「夏休み、終わっちゃうね」
「…ああ」
「でも、秋になったら薫の誕生日ね」
「それは千鶴もだろ」

呆れたように薫が笑う。生まれた場所も過ごした時間も、あの日出会うまで重ならなかった癖に、私達はたくさんの共通項を持っている。
同じ色の髪と瞳、それは形や質までそっくりで。生まれた日も、当然のように、同じ。

「…何が欲しい」

じ、と見つめたらそう返された。語尾の上がらない、ぶっきらぼうな問いに私も笑う。いつだって甘やかす癖に、照れくさそうな指先が愛しくて。まだまどろみの中に居るふりをしながら、そっと呟いた。

「薫。」
「…、な」
「薫が欲しい。薫がいてくれれば、何もいらないよ」

見開いた瞳が、私を凝視する。発せられた言葉を疑うように、瞬きが繰り返される。
嘘じゃない。大袈裟な話でもない。薫がいてくれれば、良かった。きっと今私は赤面しているんだろう、顔が熱い。

「!」

強く、強く抱きしめられた。どくり、加速する二人分の鼓動。視覚も、聴覚も何もかも五感全部が薫に埋められてくらくらする。

「本気で言ってるの?」
「…うん」
「撤回も、訂正もしない訳」

言って、視界がぐらりと変わる。薫と、天井と。苦しそうに、切なそうに歪んだ瞳が私を見つめていた。

「確かに俺達は、今は他人だよ。でも千鶴は、後悔しないの」
「…何、を?」
「っ分かってるだろ…?俺が、お前に執着してること」

あの頃から、ずっと。
かたかたと震える手のひらに、指を絡めて力を込めた。ねえ私は決めたんだよ。今度は、この手を離さないって。

「分かってるし、知ってるよ」
「…馬鹿な奴」

初めて重ねた唇から、壊れるくらいの哀しさと切なさと幸福が伝わって来る。

「…誕生日なんて待たなくて良い」
「薫、」
「俺を、全部あげる。だからお前の、全部を俺に頂戴」

指先が肌を滑って熱を灯していく。子供みたいなじゃれ合いを繰り返した時間が、急速に遠ざかっていくのを感じていた。

「好きだよ」

甘いだけの想いでは、ないけれど。



触れて、頭の天辺から爪先まで。
埋めて、私のなかの空っぽな場所。
誰より近くて遠いから、誰より最初に近くに来て欲しいの。

泣いて、ないて。全部を頂戴。

あなたの知らない『私』を失くして。


涙も痛みも全部溶かして、たったひとつの熱を共有し合って。迎えた朝は気だるくてひどく、優しかった。
こうして私は緩やかに侵食を重ねて、染まって行くんだと思う。それはとても怖いこと、でも温かい幸せ。やわらかく視線を絡ませて、唇を合わせる。溶けていくような時間が流れていた。








夏が終わり、私と薫がまた一つ年を重ねる日。見えない小指の糸よりも、薬指に光る揃いの銀が、胸の奥を温かくした。



20090919

指定:『薫が欲しい。薫さえいてくれれば、他には何もいらないよ』
→転生(他人同士)の二人が一線を越える。執着の薫→←依存の千鶴(『薫←千鶴』か『薫→←←千鶴』)
互いの誕生日が近付く中、欲しいものを訊いてきた薫に「薫。」と答える千鶴。お互いの薬指に指輪。

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