白い指先が、触れる。細く、長く。けれどか弱くはない、骨っぽいそれ。刀を握り数多の命を消し去っていた、彼の人の手のひら。
震えている?そんな筈は、ない。ただ、深く揺らめく瞳の奥は、縋るような色を、宿して。

「…嫌いだよ」
「沖田さん、」
「きらい」
「沖田さん」
「君なんか、」

きらい。
そう言って抱き寄せられて、肩に顔が埋められた。

「沖田さん、」

言葉は何も返って来ない。代わりに、抱きしめる力が強くなって。その腕が、身体が、ぶつけられた言葉の埋め合わせみたいに温かいからまた少し泣きそうになる。
泣きたくなんか、ないのに。だって互いの傷を舐め合うことは、この人が一番忌み嫌うことの筈だ。
元より私がそんなこと出来る筈もないのだけれど、せめてこの腕の中にいる間だけは、少しでも憂鬱や不安を拭い取ってあげたかった。
私の視界は彼の着物に埋め尽くされて、息を吸い込むと彼自身の匂いと、血と、ほんの僅かな薬のにおい。何だか妙に切なくて、かなしくなって。

「…君が、嫌いだよ」
「………はい」
「…『新選組の』沖田総司で在り続けること。それは僕が僕自身に課した背負うべき信念で、何よりも望んでいたことなんだ。なのに、」

また少し、腕に力が込められる。添えているだけだった手に力を込めて着物を握ると、安心したみたいに息がつかれた。

「君の前では、ただの『沖田総司』になる。そんなこと望んでないのに、僕は僕を、君を守れる人間でいたいのに」
「…は、い」
「どうしようもなく、君に会いたくなる時がある。触れたくなる瞬間がある。ねえ、どうしてくれるの」
「沖田、さ」
「君と出会って、変わった僕を…弱くなってしまった僕を君は必要としてくれるの?僕は、今の自分が情けなくて仕方ない。許せそうにない」

僕を変えてしまった君すらも。
落とされた囁きに、頬を撫でた手のひらに。私を真っ直ぐに射抜く深緑に、想いが、溢れて。

「…ゆるさなくて、いいです」
「っ何を…」
「沖田さん、私を」

どうか、お願いだから。

「私を、許さないで…」

私が隣にいる時あなたは、背負うべきものを置いて行ってしまうと嘆く。でも、それは、私も同じなのだ。
東の鬼、雪村の生き残り。羅刹を生み出した男の娘。人ではないこの身を、鬼であるさだめを、私は私に刻みつけなければならないのに。

「じゃないと、逃げてしまうから」

あなたの腕の中でだけは、ただの雪村千鶴でいられる。彼を恋しいと、慕っていると泣く女でいられる。―――いや、この場所でしかもう、私は私でいられないのだ。
浅ましくて、卑怯で、愚かなわたし。あなたが嘆くそのことを、私は喜びだと感じているのだから。
本当は理解している。私は鬼で、彼は新選組で。逃げてしまえたら、そう思うその事実こそが、私と沖田さんとを繋いでいるのだ。鬼に生まれたからこそ、父に拾われた。彼が新選組であったからこそ、あの夜に出会えた。

「…千鶴、ちゃん」

情けないのは、私だ。憂鬱も不安も、拭い取られてるのは私の方で。でも沖田さんは突き放さないから、斬り捨てるような言葉と一緒に、強く強く抱きしめてくれるから。どうしても、甘えてしまう。

「…千鶴ちゃん、ねぇ」
「…はい」

胸の奥が苦しくて、子供みたいに泣いてしまいたくなる。喉に声が張り付いて、息が詰まって。

「約束してよ。苦しくても、辛くても僕の傍からいなくならないで」
「…はい」
「弱くても、情けなくても。君がいるから、僕は僕のままでいられるんだと思う」
「…はい、」
「だから、約束」

いつからか癖のようになってしまった、困ったような笑い顔。手のひらが、引き寄せるから。
沖田さん、沖田さん。あなたが好きなんです。こんなにかなしいのも、くるしいのも全部全部あなたが好きだからなんです。

「…っ…」

言えない、音に出来ない想いの代わりに重ねられた唇。冷えて震えて、でもほんの少しだけ温かいそれ。どうしようもなく切なくて、幸せだった。

「…泣き虫」

目尻から顎へ、乾いた頬を指先がたどる。白く、細く長いそれは慈しむように優しく私のかたちを撫でた。

「嫌いだなんて、嘘だよ。だいすき」












( 言ってあなたは泣きそうに笑う。)



20090919

指定:『私を許さないで』