出来るなら、友好的な関係を築いていきたいと思う。何せ彼女が生まれるその瞬間から今まで、ずっと共に生きていたのだ。
ずっと寄り添っていた二人の、片割れの手を取り己と同じ道を歩ませる。それはこちらには幸せな前途であり、あちらからすれば孤独な未来なのだろう。


「ああ、本当に来たんだね」
「………」
「でかい図体で入口塞がれても邪魔だからさ、とりあえず入れば?」

にこり、あいつと同じ顔同じ微笑みで、あいつと全く違う辛辣な言葉。夕暮れに染まる教室に、その笑顔がやけに映えるからまた苛つく。
自他共に認める。怒りの沸点は、低い方だ。理不尽な怒りや八つ当たりにならないよう、配慮はしているが。扉を開けて早々こんな出迎えを受けると、流石に文句の一つも言いたくなってしまう。しかし相手は、雪村薫―――部の後輩であり恋人である千鶴の、たった一人の兄なのだ。

「言っとくけど、千鶴は今ここにいないから」
「…ああ、分かってる」

同じ高校の二つ下、今年の新入生にはそっくりな男女の双子がいるらしい。浮足立った噂に興味はわかなかったが、いざ二人揃って入部して来たあの日はさすがに目を奪われた。そして、真っ直ぐで鋭いその剣筋は、興味本位の野次馬を感心させるには十分で。
入部後、千鶴は女子部員が圧倒的に少ない剣道部のマネージャーのような役割すら引き受け、かいがいしく走り回る。副部長の自分と話す機会は増えたのは自然な成り行きだった。

「話ってのは何だ」


不意に告げられた、ささやかな好意。きっと彼女も口にするつもりはなかったんだろう、一拍おいて顔が真っ赤に染まる。小さな両の手のひらが口元を抑え、涙のにじむ瞳が俺を見上げた。

『土方さん…、今の、忘れて下さい』
『…冗談なのか』
『違います!違います、けど…』

意識をしていなかったと言えば、嘘になるけれど。それは妹に抱く庇護欲のようなものなんだと思っていた。事実、ひたむきな千鶴は男女問わず好かれる。だからずっと、蓋をしていたのだ。彼女から向けられる感情は、憧れの域を出ないのだから期待はするなと。

『…なら撤回なんてすんじゃねぇよ。俺ぁ、嬉しかったんだからな』

そう、期待。していたのだ、気が付かないふりをして。きっと俺は、千鶴がそうと自覚するずっと前から、惚れていた。


「いちいち聞くの?察しが悪いなぁ、それでも先輩な訳?」
「…薫」

同じ部活内、自然と二人は名前で呼ばれる。ため息をついていつも通りにそう口にすると、窓際に立つ薫がこちらに向き直った。
日がまた少し傾いたらしい、逆光に照らされたその表情は先程のように読み取ることが出来ない。

「何で千鶴はあんたを選んだのかな」
「…俺だって、聞きてぇや」
「こんな無愛想の何が良いんだろう」
「……無愛想は兄貴で耐性がついてるんじゃねぇのか」

快活な妹に比べ、兄は随分と閉鎖的だ。必要以上、あるいは必要最低限の人間関係すら築きたがらない。

「剣道馬鹿なすぐキレる鬼の副部長」
「……………おい」
「それでも千鶴は、あんたが良いって幸せそうに笑うんだ」

部活のない木曜の放課後、突然の呼び出し。本当は何の話で呼ばれたかくらい、最初から分かっていた。
同じ日同じ時に生まれ、同じ速度で同じ道を歩いて来た二人。そこへ、千鶴の手を引く俺が現れたのだ。穏やかでいられないのは、仕方ないのだろう。

「…ったく、面倒くせぇ兄貴だな」
「!?」

つかつかと距離を縮めて、夕陽に照らされた輪郭をとらえる。勢い、頭をわしゃわしゃ撫でるとまるで試合中のような鋭い視線が向けられた。

「生憎とな、捻くれたガキの扱いには慣れてんだよ」
「はぁ?」
「あいつが離れてくのが寂しいんだろうが。回りくどい屁理屈をこねてんじゃねぇよ」
「…うるさい。うるさい、うるさい、うるさい!」
「何も俺は、お前から千鶴をかっ攫うつもりはねぇんだよ。ただ、あいつの隣にいるのを許してくれねぇか」

予想通り、図星を突かれた薫は僅かながら涙目で。たった二つしか違わなくとも、こいつは本当にまだまだ子供なのだ。
苦笑いが浮かぶ、その時。ぱたぱたと、聞き慣れた足音と声がする。

「薫、やっと見つけた!…って、土方さんまで、何で」

大きな瞳が瞬き一つ、この状況が飲み込めないと訴える。しかし薫の表情を見てからの千鶴の行動は早かった。

「…何を話されてたんですか」
「…おい、千鶴」
「質問に答えて下さい」

歩み寄って来たかと思えば、俺と薫の間に立ちこちらをじとりと見上げる千鶴。結局のところ、兄妹に対して他と別格の感情を持っているのは薫だけではないのだ。
千鶴は不満そうな顔ではあるが、小さく制服の裾を握って来るからあまり効果がない。おい、可愛いぞ畜生。そして兄貴、後ろでほくそ笑んでんじゃねぇよ。

「何でもないよ千鶴。ただちょっと、鬼の副部長にヤキを入れられそうになっただけ」
「!おい薫!」
「お義兄さまか薫さん。呼び捨ては、許さないよ」

にこり、薫は初めと同じかそれ以上の笑顔でとんでもない言葉を吐いた。そうして、千鶴の背を押して俺に受け止めさせる。

「俺は先に帰るけど、二人で夕飯でも食べれば。門限は7時、もし1秒でも過ぎたら叩きのめすから」

物騒な一言を残して、薫は教室を去って行く。腕の中、ぽかんと呆気に取られた千鶴が俺を見上げた。

「…あの、土方さん、」
「そういうこった。飯行くぞ」
「え、あの!」
「…本当、良い兄貴だよ」

爪の先程の皮肉を込めてそう落とせば、千鶴はまた瞬きを一つ。

「はい!」

そして本当に、嬉しそうに笑うのだ。薫はきっと、この顔を知らない。自分がどれだけ想われてるかも、先程のやり取りでようやく少し知ったんだろう。
つくづく面倒な後輩達だ。それでも、無邪気に笑う千鶴は愛しいと感じるし、捻くれた薫とも分かり合いたいと思う。繋いだ手に、力を込めた。









20090821

指定:『お義兄さまか薫さん。呼び捨ては許さないよ』
→現代。土千と薫。交際前でも後でも可。