『君のことは、世界で二番目に大事だよ』

これは、僕らの父さんの口癖。
この世の甘いもの全部を詰め込んだような瞳で微笑むひと。仕事に対して真摯なところや、高い身長に大きな手のひら。
どこからどう見たって立派な大人の男の人なのに、母さんが絡むと父さんは途端に大きな子供になってしまう。
昔も今も、いつだって母さんが一番大好きな母さん馬鹿だと思う。

誕生日やクリスマス、一年のそこかしこに溢れたイベントのキャッチコピーはいつだって、『一番大切な人と』。
その度に父さんは母さんの手をとって嬉しそうに幸せそうに、くすぐったそうに笑う。それは母さんも、おんなじで。
僕に妹が生まれるその時も父さんは、そんな笑顔で母さんに触れていて。
だから、聞かずにはいられなかった。

『赤ちゃんが生まれたら、今度はお父さんの一番はその子になるの?』

おかしな話かも知れないけれど僕は、どうしたって自分が父さんの一番になれないことが嫌じゃなかった。
僕も母さんが一番大好きで大切で、そうしたら父さんは『お揃いだね』って言ってくれたし、何より幸せそうににこにこ笑う二人を見るのが一番のお気に入りだったからだと思う。
そう伝えたら今度は『そういう所は、君は月子とお揃いなんだね』なんて言っていたけれど。

『どうして?』
『だって赤ちゃん、女の子でしょ?いつもお母さんに「女の子なんだから」って言うから』
『…うーん、確かに新しいお姫様が僕らの元にやって来るんだものね。でも、僕の一番は変わらないよ』


ほんのちょっとだけ悩むような仕草を見せて、だけど父さんはすぐに答えを出して僕を撫でた。

『もちろん赤ちゃんだって大切だし、きっと大好きになる。でも一番はずっと、彼女なんだ』
『じゃあ二番め?僕は三番になるの?』
『ううん、君と二人で二番目。』


きれいなのに大きくて力強い手のひらが、母さんとおんなじ色をした僕の髪を梳く。ほんの少しだけ、父さんが大好きな甘いお菓子の匂いがした。

『ねぇ、僕と君は親子だよ。月子と…お母さんと君も親子。だけど月子と僕の間にはね、親子ほど確かな繋がりなんてないんだよ』
『…でも、お父さんとお母さんは、ふうふでしょ?』
『そうだね。今の君くらいの頃に出会って、月子は僕の友達になってくれたんだ』


何度も何度も、繰り返し聞いた二人の始まり。どんな絵本や昔話よりもあったかくてやさしかったから僕は、いつも父さんにこの話を聞かせてとせがんでいた。

『その子が月子っていうこと、星を観るのが好きなこと、すずちゃんとかなちゃんって幼なじみがいること…本当にちょっとの時間だったけど、たくさん話したんだ』
『うん』
『そうして一度離れて、また学校で再会してね。でも、僕らはまた離れ離れになった』


母さんの為に海を超えて、気持ちを繋いで。また海の向こうへ行ってしまった父さん。
その時は母さんだけじゃなく父さんも泣いてたんだよ、とこっそり教えてくれたのは二人の幼なじみだった。

『その時にね、思ったんだ。どんなに好きでも、大切でも…家族の血の繋がりみたいな確かなものは、僕らにはない。悲しい言葉を使うけれどね、僕らは他人同士なんだ』

笑ってるのに。
その眼は少しだけ、寂しそうで。

『どうしたって僕は月子の家族にはなれないし、月子は僕の家族にはなれない。約束をして、夫婦にはなれるけどね』
『…うん。』
『そうして、君が生まれた。やっと僕らは、家族に近付けたんだ』
『うん、』
『それでもやっぱり、君がいなきゃ僕らは結局他人同士のままだ。これからも約束を破る気はこれっぽっちもないけど、僕らは弱いからね』


小さなことで喧嘩したり擦れ違ってしまったら、途切れてしまうかもしれないから。

『だから僕は、いつだって彼女が一番なんだ。…ちょっと、難しいかな?』
『…っううん。ううん、』


本当は、父さんの言葉の全部を理解出来てた訳じゃなかった。
だけどそう言ってぎゅうぎゅうと抱き着く僕を、父さんは優しく抱き返してくれた。

「…あれ、父さん達は?」
「二人なら朝早くから出掛けたみたいよ。ほら、」

差し出されたメモに視線を落とせば、ちょっと―――いや、だいぶ歪んだ文字が目に入る。間違いなく、父さんの字だ。

『月子の疲れがたまってるみたいだから、ちょっと二人で海を見に行って来るよ』

「…いつも通りだね」
「うん、いつも通り。いつまで経っても恋人夫婦だよねぇ」

妹が生まれ、僕が僕らになってからも父さんは変わらなかった。
どんな時だって母さんを見つめて、いつだってその手を差し出して。

「父さんは母さんを好き過ぎるから」
「お母さんも、はじめは恥ずかしがる癖に最後は絶対嬉しそうにしてるもんね」

もちろん、照れながらその手をとる母さんだって何も変わらない。
花が咲いていくみたいにふわりと浮かべられる笑顔が、僕らは皆好きだった。

「お互いに、二人の一番はお互いだからね」
「…うん。そうだね」
「僕らも早く出会いたいね。心から一番だよ、って言えるひとに」

家族や友人、大好きな人達に順番なんてものは無意味だ。だけど何度も離れ離れになった二人だからこそ、想い合うことの大切さをよく知っている。
そうして僕らは、そんな両親から生まれたのだ。


『君達のことは、世界で二番目に大事だよ。一番は、いつだって月子だけどね』

こんなにやさしい言葉を僕らは、他に知らない。







20111126+

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