『盲目になりなさい』

やわらかな微笑みを宿した僕の姉であり、片割れである彼女の言葉が不意に浮かぶ。
瞬きを一つ、そうして押し開けた先にはぴんと伸ばされた華奢な背中。

「―――………」

ああ、何て綺麗なんだろう。
長い亜麻色、蜂蜜を塗り込めたみたいな真ん丸の大きな瞳。飾らない代わりに自分を守る鎧も持たない、真っ直ぐな言葉。
彼女を構成するその一つひとつは、堪らなく美しい。
とくり、心臓が揺れる。
じわじわ、体が熱を持つ。

「…せんぱい?」
「!」

きょとり、振り返った彼女が僕を不思議そうに見つめる。
歳の差なんて指一本分しかないのに、その表情はあどけないという表現がぴったりだった。

「考え事ですか?」
「…うん、ちょっとね」
「………」
「ああ、誤解しないで?悩み事ではないし、お腹も痛くないよ」
「……そう、なんですか?」

心配そうに見上げる瞳が、愛しいったらない。
なおも不思議そうに、不安そうに見つめて来る瞳を宥めるように、ぽんと小さな頭を撫でた。

「あるひとにね、僕はもっと盲目になるべきだって言われたんだ」
「え…?」
「解りづらいんだけどね、そのひとなりの激励なんだと思う」

君を―――夜久さんを、想うということ。それはとても温かく甘いけれど、それ以上の苦さも孕んでいる。自信はどんどんなくなって、不安や心配ごとは山積みで。
痛みそうになる腹を無意識に撫でた時、僕の片割れは微笑み僕の背を押したのだ。


『視野が狭まることは、本来なら歓迎すべきではないわ。だけど普段のあなたは周りを気にし過ぎるもの。きっと狭くなるくらいがちょうど良いのね』

ころころ、くすくす。ほんの少しの揶揄を滲ませた声。こんな瞬間、彼女は双子である以前に僕の姉なんだと感じるのだ。
同じ時を同じ場所で過ごした、無二の半分、僕の片割れ。その言葉を反芻しながら、僕は一歩踏み出した。

「想うなら、ね」
「!」

まとめられた亜麻色の一房を、捕えて。掬い上げその甘い香りに、唇を寄せた。

「周りなんか見てないで、彼女だけを見つめなさいって」
「せん、ぱい、」
「だって、昔から言うでしょう?」

恋は、盲目。
それはとてもこわいこと、だけど同じくらいに素敵なこと。いつだって君を探して、欲しがって。その姿を見つめ、その声に耳を澄ませる。

「っ…!!あああ、あの」
「ふふ、真っ赤だねぇ」

可愛い、かわいい君。
彼女もきっと、君を気に入るんだろうなぁ。だって昔から僕らは、惹かれるものがおんなじなんだもの。
そんな未来が楽しみで―――だけどやっぱり、ちょっとだけ妬ける。だって彼女を見つけたのは、僕の方が先なんだから。

「…ね、月子さん?」
「!………は、い…」
「君も、僕を見て?」

右も左も解らなくなるくらい僕でいっぱいになって、満たされて?
覗き込むように見つめれば、月子さんの瞳に僕が映る。そこに見える僕の笑い顔は、片割れの浮かべるそれによく似ていた。








20111125

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