マタホウカゴムカエニイク

 大魔覇王様召還呪文がきっちり行使された放課後、帰り道。
 朝と同じだ。
 大魔覇王様は黙々と、俺の少し前を歩く。
 俺はその背中をぼんやり見上げながら歩く。
 何を話すでもなく、ただ、歩き続ける。

 道行く人々はその神々しさと禍々しさが仲良く同居しているという、恐ろしい事実に目を剥き、ぎこちなく視線を逸らして空気化する。
 一部の人だけは、あまりの美貌っぷりに惹き寄せられる。
 俺はそれをぼんやりと、第5者ぐらいの遠い目線で観察する。
 大魔覇王様は何も意に介さない。
 誰も視界に入らない、みたいだ。

 威風堂々っていう4字熟語を背中に負って、傾き始めた陽射しを受け止めながら、まっすぐ迷いなく歩き続ける。
 このまま行くと間違いなく俺の家なんだけど。
 まさか送ってくださるおつもりか。
 大魔覇王様の邸宅、いや魔城ってぇの?本拠地はどちらで在らせられるのか。 
 いや、そんなことより何よりも、俺の頭の中はひとつのことでいっぱいいっぱいだった。

 午後の授業中、ずっと考えていた。
 ない知恵絞って一生懸命、俺なりに考えてみたけど、全然わかんなかった。
 全然わかんないんだ。
 お手上げだ。
 何で?
 何で大魔覇王様は、俺最愛・地球至上ミラクルフーズ=チョコメロンパンって知ってたんだ。
 
 神に懸けて誓う、昨日まで俺は大魔覇王様と一っっっ切!コミュニケーションなし。
 そもそも今日1日、学校に滞在なさったことが地球至上のミラクルハプニング。
 それは校内の反応で十分にわかる。
 今日はまさに青天の霹靂、天変地異以外の何ものでもなかった。
 ツチノコもネッシーも目じゃない、はると君チの宇宙人とちょっと張るかも知んないけど。
 とにかく、大魔覇王様は滅多やたらなことで学校になんぞ出現なさらないのだ。

 目が合ったことは愚か、見かけたことすらない、ギンギラギンギング(つまり現在進行形)に迸っているこのオーラすら、感じたことがない。
 学校内では勿論、学校外でも、だ。
 それなのに、何で知ってた?
 俺の名前、俺のクラス、俺の最愛の食べもの、まして俺の居住地。
 …やっぱり、とんでもなく超常的な話なのか、この「鯉なんだかIなんだか!」は…

 大魔覇王様の魔力を持ってすれば、俺のプライバシーもアイデンティティも何もかも透け透けの見え見えなんですか?
 こんな現実離れした話ってある?
 有り得る?
 それで読者さまは納得するの?
 「鯉I」は後日ファンタジーカテゴリーに移動されちゃうの?
 まさか星君のスピンオフ?!

 ああ、頭がグルグルする。
 お陰で、変な勇気が出た。
 だってどうしても気になるんだ。
 「あ、あのっ!」
 うひゃぃっ!!
 語尾が裏返ってでんぐり返し、超〜変な声になっちゃったよ!
 しかも気合い入り過ぎて、妙にデカイ声出ちゃったよ!

 空気化してた善良なる通行人の皆様が、何あの子…って顔で俺を見てるよ!
 でも大魔覇王様だけは、相変わらず何にも気にしていない、落ち着いた美形っぷりでちゃんと振り返ってくれた。
 ちょっと驚いたみたいに、軽く目を見張って、すぐにまたとろけるチーズの如くとろりんちょ〜に目を細めて。
 「どうした、満」

 何枚か重ねた焼きたてのパンケーキの上に、バニラビーンズ入りの冷たぁいバニラアイスクリームと、チョコレートシロップをたっぷり、ええい立てたばっかりの生クリームもオマケだ!とばかりの、とろりんスウィーティーな眼差しのまま。
 恐ろしい美声がやわらかぁく、苺やバナナなんかのフルーツと、生クリームやキャラメルクリームを包みこむ、極薄の黄金色クレープみたいに、俺の名前を呼ぶ。

 この人、ほんとう、甘い。
 どんなスイーツよりも、甘いったらない。
 それが至福の一時になるかは、まるで別の話だけど。
 「ちょ、ちょちょ、っちょっと、ちょっとばかり、おお、お聞き、おおおぅ伺いしたいことがありっありっます!」
 「ん。何だ」

 何だ、はアナタ様のほうですわ!!
 何だその、こってりんこ〜と傾げた小首は!!
 大悪魔界を統べる覇者が、何ですそのお茶目な仕草っ…それも罠か!?
 健気に細々と日々を送る俺を欺く為の、イヤラシい罠ってヤツか!?
 はっはん、俺が騙されると想ったら大間違いなんだからねっ!!
 満は、満は、例えチョコメロンパンという大恩があったとて、食べ物に釣られて安易に懐く程、ヤワな男の子じゃありません!!



 2011-07-26 21:49筆


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