初めて、だったんだよなあ。

 「もうマジみっちー信じらんねぇっ!!どうなっちゃってんの、一体どうなっちゃってんの?!つか、俺の平穏な高校生活を返してぇっ!!リセットしてぇっ!!何で俺まで因りにも因って『kitty』に…鷹藤光御一行様に関わる羽目に…!!みっちーだって知ってるっしょ?!俺の夢!!
 高校で運命の出逢いを果たしステキ恋愛へ発展、かわいーカノジョとあははうふふのラブラブ人生エンジョイ、お互い進路の違いとかマンネリとかケンカとか好きだからこそ気持ちのすれ違いがありながらも、大学在籍中最後のクリスマスで海辺にてプロポーズ、卒業後にめでたく結婚、1姫1太郎1ワンコの平凡な5人家族でいつまでも幸せに暮らすんだって…!!ねえ、聞いてるっ?!俺の可愛らしくも微笑ましい未来設計図が壊れかけてんだよ?!あああああ…しかも何で『kitty』のナンバー2と面識ができるとかっ…」

 なんか横で誰かが喚いてるって、わかってたんだけど。
 それどころじゃなく、俺は何かぼーっとしていた。
 昨日から続く怒濤の展開に、ぼーっとするしかなかった。
 だって、初めてだったから。
 いつの間にか昼休みは終わっていて。
 いつの間にか教室に戻っていて。

 恐ろしいぐらい低い美声で『マタホウカゴムカエニイク』っていう、悪魔召還呪文が聞こえた気がして。
 いつの間にか5限目が始まっていた。
 俺の成績ははっきり言ってよろしくないから、ちゃんと授業聞かなきゃって想うのに。
 先生が熱心に板書しているのをいいことに、現実逃避。
 いや、何もかもから逃げ出したい気持ちはほんとうなんだけど。

 換気の為に開けられた窓から、心地良いそよ風が吹き込んで来て、カーテンを揺らしているのをぼんやり目で追った。
 外は、良い天気。
 快晴の空に、飛行機雲が見えた。
 さっきまでいた屋上からだったら、もっと強く風を感じたり、空がよく見えて気持ち良いんだろうなぁ。

 屋上。
 そうだ、ついさっきまで俺は屋上にいた。
 有り得ない現実だけど夢じゃないし、有り得てしまった。
 シャーペンを握っている右手に、ちらっと視線を移す。
 男らしい左手の感触が、体温が、蘇ってきそうで慌てて頭を振った。
 夢じゃない証拠に、しっかりと心身が記憶している。

 元々、1度見たら忘れられない、圧倒的な存在感の大魔覇王様なのだから、仕方ないけど。
 我が最愛のチョコメロンパンを3個も平らげた、しあわせな胃袋を抱えて臨むこの5限目、眠くならないのはこの記憶の所為だ。
 ひとつは、さとっちから貰ったヤツ。
 ふたつは、大魔覇王様が召還して下さったヤツ。
 おいしかった。

 いつでも新鮮な感動を与えてくれる、何度食べても飽きないチョコメロンパンだ。
 おいしくないわけがない。
 ないんだけど、いつもよりおいしく感じたのはどうしてだろう。
 初めてだったから?
 ため息を吐いた。
 俺が想い出して!忘れないで!って命令を発しているわけじゃないのに、寧ろ嫌な記憶は捨てましょうよお願いしますって想ってるぐらいなのに。

 俺の脳内は言う事を聞いてくれないばかりか、延々とリピートし続けている。
 やさしい瞳だった。
 ちょっと目を見張ったあと、やさしく細められて、ずっと微笑っていた。
 うんうん、って。
 誰も相槌どころか制止も挟めない程、一方的な俺の弾丸トークを、キレたり無視したり流すこともせずに、黙って聞いてくれた。
 ほんとうにちゃんと、聞いてくれてた。
 
 全身で全神経で俺を見つめて、俺に向き直って聞いてくれて。
 最後まで聞き終わっても、バカにしないでいてくれた。
 呆れもせずに、『そうか』って。

 『満がそんなに好きで嬉しいなら、良かった』

 ふわっと、頭を撫でた手。
 家族は勿論、さとっちでさえ、俺の過剰なチョコメロ愛トークは鼻で笑って冷たく流すネタ化しているというのに。
 誰もまともに聞きたくないだろう、個人的な好みの話、あの人はまともに耳を傾けてくれた。
 何でだ。
 そんなに、ヒマなのか?
 全国区にその悪名を轟かせて、向かう所敵無しの不良チームの総長サンは、くだらない俺の話に付き合える程、ヒマを持て余してんのか。

 周りにいくらだって美男美女を侍らせることができるだろうに、せめて話題が広範囲に渡って、オシャレで面白味に富んでいるならまだしも、たかが菓子パン(俺にとってはされど菓子パンだけれども!)トークに夢中なミジンコ高校生男子を側に置いてて、アンタにどんなメリットがあるっつーの?
 それとも今頃、「あいつ、マジで馬鹿じゃね。キモチ悪」ってせせら笑ってる所なのかよ。
 たまには珍獣構ってウサ晴らしすっか!みたいなノリ?
 俺はいつまで、アンタの暇潰しに付き合わされるんだ。

 その度にあんなやさしい顔されて。
 やさしいこと言われて。
 その度にぽかーんとして。
 陰で罵られて嘲笑されて?
 こんな非生産的で無意味なやりとりの、どこに愉快な要素があるのか。
 俺は延々とあの手の平の上で踊らされんのか。
 冗談じゃない。

 ギリっと強く握りしめたシャーペン、何とか逃げ道はないものかと、真っ向勝負は挑めない自分のチキンっぷりに情けなくなりながら。
 ふと、1番大事で重要な疑問に気づいた。
 

 何で、俺がチョコメロンパン好きなこと、知ってたんだろう?


 5限終了のチャイムが鳴って、さっさと6限が始まっても、俺はまともに動けなかった。
 机の上には、5限目の教科書とノートがそのまま、HRが終わるまでずっと広げられたまんまだった。



 2011-06-30 23:59筆


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