昼休みに入ってから、どれだけ時間が経っただろう。
 少しでも動いたら、手を繋いでいる事実を実感してしまいそうで。
 所在なく俯くか、空を見上げるしかなくて、そのくり返し。
 お腹ペコペコのはずだったのにな。
 もう何も要らないから、早く帰りたい。
 この場から今すぐ逃げ出したい、一刻も早く。

 そして、全部なかったことにして、今までの俺らしく平和で、ちょっとつまんなくて平穏な高校生活に戻るんだ。
 遠くから、あくまで第3者と言うかもう通行人目線で、「kitty」や鷹藤光の噂を耳にしては怖がったり揶揄ったりして、俺には何にも関係ないって一過性の話題をすぐに忘れて。
 いつかの未来で、同窓会とかで、そう言えばこんな怖い先輩いたよねーとか話して、盛り上がったりして。

 俺の立ち位置は、そんなんで良いのに。
 そういう日常が、俺の1番の望みなのに。
 ぐるぐると暗い思考のループに落ちこんでいたら、ふと、右手が動いた。
 正しくは、俺の右手に重なっている、デカい左手、だ。
 男らしい手。
 男だったら誰もがこうなりたいって想うような、器用そうに整った長い指を有する、何でも掴めそうな手。

 恐ろしいことに、尽きないケンカの所為だろう、節くれだってカサつきのある手は、魔界を統べる大魔覇王様のクセに、人間らしさを装って温かかった。
 同じ高校生なのに、ガキくさく幼稚な俺の手をすっぽり覆って有り余る様は、無性に情けなくて帰巣本能を強く刺激した。
 その手が、動いた。 
 「…満、そういや昼メシ食うんだったな」
 
 今気づいたみたいに、強過ぎる目力が明らかこっちに向けられてる気配にも、俺は微動だにできなかった。
 顔を合わせたら、危険だ。
 石になる。
 きっとまた、何でか胸の辺りを痛くされる。
 何の魔術を俺ごときに行使なさっておられるのか定かではないが、この人間もどきの大魔覇王様はとにかく危険だ。

 つか、そういや昼メシって、ホント今更じゃん。
 アナタ様がアナタ様のご意思で勝手にご降臨なさったのでしょう。
 俺は一切、「魔王様ぁ、一緒にランチしようよぉ!」なんてこたぁ、神仏とママンとコマツナとララ様に誓って言ってないんだからね。 
 俺が無言のまま、視線を向けないことにすら気づかないのか、気にならないのか。

 大魔覇王様は食物召還の術をいつの間に唱えられたのか、ガサっとビニール袋を取り出すと、俺の目の前に掲げた。
 「ん」
 ん?
 んって何スか?
 俺、魔界初心者なんで、きちんと日本語喋っていただかねばまったく理解できないのですが?
 何の変哲もないビニール袋と、しばらくにらめっこ。
 たぶん、相当ヒドいしかめっ面を披露していると想う。

 大魔覇王様は空気読めない&下々の人間と交流なさったことなどないのだろう、再び「ん」と言って袋を揺らしたから。
 仕方なくビニール袋に視線を固定したまま、控え目に疑問を発してみた。
 「……あの…?」
 「昼メシ、何も持って来てないだろ。食え」
 はい?
 食えって。
 食えって、言われても。

 確かに今日の俺は弁当なし、購買か食堂に行く予定だったけれども。
 食欲ないし。
 アナタ様のお陰で、まったく食欲ないし、こんな気遣いめいたこと、超困るし。 
 「いえ、あの…困ります…俺、食欲な、」
 「てんめぇぇぇっ、こんのクソチビがっ!総長に逆らう気か?!」
 「ゴルァ、光サンからの好意、黙って受け取れやっ!!」

 丁重にお断りしようとした瞬間、沈黙を守っていた周囲の魔界の住人がいきり立ち、今度こそ完全にフリーズした。
 Windows95並みに、それはもうフリーズした。
 そうだ、此所では俺は孤軍奮闘、四面楚歌、たった1人の生きたお供え物。
 ああでもいっそ、五体満足に帰還できなくても、ボコられて許されるならそうなって良い。
 とにかく、早く俺がいるべき正しい世界へ帰してくださいと、諦観の気持ちはものの見事に吹っ飛ばされた。

 「………うるせぇ、雑魚が……誰がいつてめぇらに話した…?誰がいつてめぇらの存在を許した…?今吠えた奴ぁ後で覚えてろ…俺は満に話している。満と俺の会話を邪魔すんじゃねぇ…」
 大地が怒りで鳴動するかのように、それは低い低い、落ち着いた冷たい声。
 僅かでも反抗しようものなら、落ち着きは崩壊し、激情へ変わるだろうと容易にわかる。
 そんな声に、頂点に立つ支配者に、誰が逆らえようものか。
 ビリビリっと緊張に包まれ、静まり返ったその場に、打って変わって穏やかな声が響いた。

 「悪かった、満…アレでも気の良い奴等なんだが…躾が足りなかったな、後でよく言っておく。俺に免じて許してくれ」
 いやいや、いやいや!
 躾が足りないって、後でよく言っておくって、そのフレーズヤバくね!!
 追従することもできないまま、相変わらずビニール袋とにらめっこ状態の俺に、大魔覇王様は屈託なく言葉を続けられた。
 「遠慮しなくて良い。奴等の事は気にするな。満の好きな物を選んだから、食え」

 はぁ。
 昨日今日知り合ったばっかの面識ナッスィングな御方に、俺の好きな物を選んだつもりとか、上から目線で語られましてもねぇ…


 「チョコメロンパン。好きだろ?」


 はぁ。
 あああああっ?!
 ぬわんだってぇえええええっ?!!!



 2011-06-02 23:59筆


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