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はじめに、ツキンと胸が痛んだ。
それは、針で触れたか触れないぐらいの、かすかな痛みだ。
ん?
と、その感覚に疑問をもった瞬間、どんどん胸が痛みはじめた。
ズキズキと、確かな痛みに変わって。
目を逸らしたいのに、切ない瞳に囚われたまま、で。
痛い。
痛いよ。
どうして?
俺、至って健康優良な平凡男子高校生のハズなのに。
心臓疾患なんて持ってないのに。
ズキズキ、ズキズキ。
心臓が鼓動を打つ度、痛みも主張する。
辛くて、そっと胸の辺りを掴んだ。
ここは大魔覇王様にとにかく平伏して、急に具合が悪くなったようなので保健室へ行って参りますとお伝えしなければ、なんかぶっ倒れそうで怖い。
未知の痛みに、現状把握より何よりも我が生命が最優先、突如勇者と変貌した俺は、勇ましく口を開きかけたんだけど。
それより、大魔覇王様のほうが早かった。
もとい、大魔覇王様の手のほうが、早かった。
俺の顔に影がかかって、なんだと想ったら大魔覇王様の腕がこっちに向かって伸びているじゃありませんか。
遂に殴られる!!
相変わらずの胸の痛みと、殴られる恐怖で、ぎゅうっと目を閉じた。
あ、頭ガードしながら床にうずくまったほうが良かった?
この構えだと俺、どうぞお好きなだけ殴ってくださいアピールじゃありませんか!
お願い、どうか軽い1発だけで許して!!
どうも心臓に何か異常があるみたいなので、どうかお手柔らかに!!
ああでも、打たれ所が悪かったらどうしよう。
怖くて。
ひたすら目を閉じて震えていた。
でも、何も起こらなかった。
いつまで待っても、何も起こらなかった。
用心しながら怖々と半目を開いたら、また、一際おおきくズキンっと胸の痛みが増した。
腕を伸ばしたまま、大魔覇王様は今度こそ泣きそうに歪んだ表情で、俺を見つめていたから。
どうしてそんな顔をするんだ。
あんたは天下を手中に治める無敵の怖い物知らず、鷹藤光じゃなかったのか。
昨日からずっと泣きたいのは、俺じゃん。
今も未来もずっと、泣くべきなのは俺だけじゃん。
なんでそんな顔すんの…?
哀しそうな不安そうな顔のまんま、大魔覇王様は微笑った。
苦笑みたいに寂しい微笑いかただった。
なんで?
あんたはいつだって、人の上に立って、とんでもない高みから人を見下ろして余裕で笑う、何もかもを手にしている王様じゃねーの?
なんにも持ってない、帰る所もない捨てられた犬みたいに、そんな顔。
俺の心臓疾患に非常に悪影響なんですけど。
ちいさく微笑って、大魔覇王様はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「……怖がらせて、悪かった…」
え?
え?
え?
まさか大魔覇王様、俺に今、謝ろうとしている?!
つか、ING謝ってる?!謝りんぐ?!
「さっきは、怒鳴って悪かった。そんなつもりじゃなかった…昼、すげー楽しみにしてたから、浮かれて迎えに行ったら、満は山田とイチャついてて…つい、我を忘れた。俺の前では満はずっと緊張してる、ずっと怖がらせてるのに、山田と居る満は楽しそうで……羨ましかった。満が幸せそうに引っ付いてるのが、何で俺じゃねぇのかって…悪い、ただの嫉妬だ。
満には俺の隣で笑っていて欲しいのに、上手くいかねぇ…」
え?
は?
え?
ちょっと大魔覇王様、何を仰っておられるのですか?
つか、何語を喋っていらっしゃるのでしょうか?!
「俺が、怖いか…?」
はい!
って、今なら俺、とびっきりのウィンク付きスマイルで即答できるよ!
だけど勿論、俺は空気クラッシャーじゃないから、恐怖に引き攣りながらも追従の笑みを携えつつ、曖昧にへらっと首を傾げてみせたよ!
満、デキル子だもん!
今の俺に精一杯の対処法で凌いだよ!
アナタ様が怖いか怖くないかって、なんつーふざけた質問だ。
赤子だって一切の迷い無く、はい!って返事するっちゅーねん!
ひくひく引き攣る俺に、大魔覇王様はまた、何とも言い難い苦笑を賜ってくださった。
「満が怖くなくなるように、俺は努力するから。頼む、これからも側に居てくれ。いつか…満にとって俺の隣こそ1番安心できる場所にしてみせるから」
え?
そんなこと言われても。
そんなこと。
すごく、困る。
なんとも応えられない、ガチガチに固まったままの俺の頭に、遠慮がちに何かが触れた。
何かと想った時には、もう離れていて、逐一びくびくしている俺に、大魔覇王様は先程よりはやわらかく微笑っていた。
手、だ。
大魔覇王様の手が、俺の頭を撫でるみたいに触れたんだ。
殴られなかった。
衝撃の事実に、呆然となった。
困る、こんなの。
こんなの嫌だ。
いつしか痛みは消えていたけれど、もやもやとした黒い、毛糸の塊のようなものが、新たに胸を占拠していた。
2011-05-13 23:42筆[ 15/25 ][*prev] [next#]
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