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「「「「ごちそうさまでした」」」」
「ワフ〜っ、ワンワン!」
「後は(パパが)片付けておくから(もしくは放置しておくから)、もういってらっしゃいな。鷹藤さん、またいつでも遠慮なく遊びにいらしてね!」
ママンの声に押し出されて、家を追い出された。
パパンからはぽぉいっと投げ渡された学校のカバンと、「2人共車には気をつけて!アディオス!」とワケのわからない挨拶。
「クゥン…クンクン」
コマツナの寂しげな様子が、あっさり閉じられていく扉の隙間から見えた。
きゅんとなったけど、俺に対してじゃないとすぐに我に返った。
そして。
大魔覇王様とふたりっきりの図、完成!チーン。
わーい!!
俺はどうしたらいいんだ―――――!!!!!
ピチュピチュ、チュンチュンと、のどかな小鳥たちの声。
「おはようございますー」とご近所さん同士で挨拶を交わす声。
車や原付が穏やかに行き過ぎ、自転車のベルがどこかでちりりんと軽快に鳴っている。
カツカツ、コツコツ、パタパタと、通勤通学に急ぐ足音の数々。
平和な、なんてことのない、いつもと変わらない朝。
天気も上々、さっぱりとした快晴だ。
欠伸しながらふにゃふにゃと通学していた、昨日までのノンキな俺よ、カムバックトゥザフューチャー!!
「……やっと、2人になれた……」
ひぃっ!!
うどろうどろゴゴゴゴゴ、みたいな不吉な効果音が聞こえてきそうな、すぐ隣の暗黒の気配、大悪魔が奏でる低ぅぅぅい声!!
来るか?!
来るか、本性!!
優しく礼儀正しい優等生な美形の先輩です仮面、遂にはがれるか?!
「朝っぱらからクソ甘ぇ不味いもん食わされて良〜い気分だぜ…?この俺様がわざわざ下僕の出迎えに出向いてやってんのによぉ…マジやってらんねぇよな〜あ?てめぇ、わかってんのかよ…『kitty』ナメてんじゃねぇぞ、ゴラ!!アバラ折られたくなかったら、とっとと『ぎゅう(牛)ぎゅう(牛)パニック』走って特上神牛丼大盛りつゆだく温泉卵付き、買って来いや!!」ってか?!
「ごめんなさいごめんなさい、俺、今日はお昼のチョコメロンパン用のお金しか持ってな、」
「…満?行かないのか」
ふへえっ?!
俺が妄想の大魔覇王様と戦っている、いえ正しくは全面降伏して謝罪している間に、大魔覇王様はとっとと歩き出しておられました。
2、3メートル先に立つ大魔覇王様。
朝のやわらかな日差しを受け、不思議そうにこてんと首を傾げてる大魔覇王様は、誰が見ても問題なく、それはそれは見目麗しい美男子でございました。
金髪が日差しに溶けて、ハチミツみたい。
改めて見るとこの人、ほんとうとんでもなく美形だ。
非のつけどころなく整いまくった、もんのすごくきれいな顔と、すらっとしたバランスの良い高身長、スタイル、何もかもが日本人離れしてる。
「kitty」の総長なんか辞めて、俳優にでもなったら良いのに。
あなた様ならハリウッドも征服できますよ!どうぞどうぞいってらっしゃいませー!!ってそんな感じ。
どっからどう見たって、ヘイヘイ・ボンボン・ヘイボンボン〜な、平凡選手権があったら日本代表で世界選手権へ進出できるかもしれない俺なんかと、まったく釣り合わない。
先輩後輩としても、知人友人としても、兄弟従兄弟幼馴染みとしても、どんな関係性も有り得ないほど違和感だ。
どんなに頭をひねっても、まかり間違っても、こここここ、っこけーっこっここ恋人なんて、絶対的に有り得ない!!
地動説を今更否定して、やっぱり天動説が正しかったわーてへっ!って言うぐらいに有り得ないっ!!
それなのに、どうしてだ?
どうしてこんな超絶完璧完全無敵で素敵美男子で「kitty」のアタマ張ってる御仁が、俺なんかにちょっかい出してきたんだ。
単なるヒマつぶし?
ごくつぶし?
ひつまぶし?
かつおぶし?
やっぱり、質の悪い罰ゲームとか、イジメやパシリの前のお遊びとか、そんなんだろうか。
そんなんだろう。
今朝見た夢が想い返されて、心臓がイヤな感じに軋んで、制服ごとその辺りを掴んだ。
「満?どうした?気分でも悪いのか」
ええ、ええ、アナタ様のお陰で最悪ですとも!!
俺を見下し嘲笑う為だけに、こんな手の込んだ悪質なゲームを実行する、それでも逆らえない弱っちい俺にもうんざりですとも!!
そう言えたらいいのに。
と想いつつ、顔を上げて。
ふんぎゃあああぁぁぁっ!!!!!
いつの間に近寄って来とったんじゃあああっ!!!
お主、忍びか?!
まさか、伊賀の陣営の者かっ?!
もしくは甲賀なのかっ?!
忍びの種類とかどうでもいい、近い近い近い近い近い―――!!!
俺の顔に、アナタ様の高身長が織りなす影がかかっているで候、早く離れて欲しいで御座る!!
ピュアなガラスのマイハートが、粉々に砕け散ってしまう也、我大変遺憾アルヨ、謝々!!
なんつー破壊力ですか!!
顔面だけで人を恐怖に陥れ、血行促進、はい結構!!
しっかし、まつ毛長っ鼻高っ彫り深っ!
何より、目力パないっ!!
混乱と焦燥と動揺と恐怖で怯える、いたいけな一般平凡市民の俺を、大魔覇王様はじいいっと、それこそじいいっとマジメくさった超絶イケメンお顔で眺めておられる。
そんな、鑑賞に堪え得る顔じゃないんで!!
はっ、つまり、大魔覇王様の今までの人生で見たこともない見事な平凡っぷりがお珍しくて、「すっげー…こんな特徴のない顔ってマジ存在するんだー…」的なアレで見てるっつーこと?!
アハハ、大魔覇王様の人生に一石投じることができて恐悦至極、うれし…くないっつーの―――!!!
「ぬはっ?!」
頭の中でいろんな満が駆けずり回る中、つ、と、長ぇ武骨で男らしー指が、俺の額に触れた。
「熱はない…が、顔色はコロコロ変わって…大丈夫か?」
ひんやりした指先が、真剣に心配している様に見える表情が、すごく、居たたまれない気持ちにさせた。
「だだだ、大丈夫ですっ!!ですからっちょっと、離れてほし…くだされですましょうかっ」
意味を成さない言葉に軽く目を見張って、俺から距離を置く長身の大魔覇王様。
ちょっと、傷ついた犬ころみたいに見えるのは、果てしなく間違いなく俺の気のせいでありましょう。
「がが、が学校ですよねっ!!いいい行きましょうっ、行きませんかっ、行きたいですっ!!」
「あぁ…行こう」
俺の物言いがおかしかったのだろうか、ふっと、またスイーツスマイルが炸裂して。
また不穏におかしくなった心臓を、掴みながら歩き始めた。
2010-11-19 08:26筆[ 8/25 ][*prev] [next#]
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