コトコト


●1食目:オニオントマトのグラタンスウプ


 なにかを煮こんでいる時、幸せだと絶望的に想う。
 厚手の鍋の中、野菜がことことと音を立てるのも、ふわりと温かい湯気が絶えず上がってくるのも、すべてが完璧な幸せを現しているようで。
 心は空っぽのままだけど。
 なにをどうすることもできなくて、このちっぽけな台所に立っている。
 完璧に幸せな空間で、俺だけ異物だ。

 丁寧に野菜を刻んで、玉ねぎとベーコンをバターでたっぷり炒める。
 残りのキャベツやトマト、じゃがいももぶちこんで、水を入れて火にかける。
 オーブンを温めて、週末に作り置きした丸パンを入れる。
 サーモンとアボカドを炒め、温かい前菜を作る。
 スープが煮えてきたところで、固形スープを入れて優しくかき混ぜ、火を弱める。
 いい匂いが漂う、無意味に。

 また、やることがなくなって、ことことと温かい音を奏で続ける鍋を、ただ見る。
 無駄になる可能性が高い夕食を作って、どうするつもりだろう。
 俺は腹なんか減ってない。
 このままトラを待ち続けて、帰って来なかったら、この料理はゴミ箱行きだ。
 俺と一緒に、捨てられる運命にあるのに、健気にできあがっていくスープ。
 もし、帰って来たら?
 
 ガンっと台所の壁に寄りかかって、低い可能性にちいさく笑う。
 いいや、もう完全に見捨てられた。
 今朝の喧嘩はいつもと違う、キレ合って終わるいつものパターンじゃなかった。
 あいつ、トラがキレなかったんだ。
 俺の罵声にノってこなかった。
 冷めた眼差しで諦めたように微笑って出てったっきり、以上、終わりだ。

 終わった。
 確かにあの瞬間、確信したのに、こうして夕食を準備するのは何故だろう。
 縋れば良かったのか。
 この俺が?
 謝れば良かったのか。
 この俺が?

 笑える、今更、あいつの周りに居るキレイだったりカワイかったりする女共と同じ事を、どうして今更、俺が。
 そう、今更だ。
 寂しいと、口に出すのは難しくて簡単だ。
 甘えた後、弱味を見せた後に、何が待ち受けているんだろう。
 自分は男だ、男だから甘えていられない。

 ガラでもないと、他ならぬあいつにバカにされて笑われて、終わりだ。
 結局、どんな道を辿っても、今日は回避できなかったってこと。
 オーブンのタイマーが鳴って、はっと我に返る。
 パンを出して、ふと想いつき、塩で整えたスープの上にチーズを削って散らし、まだ熱いオーブンの中へ鍋ごと入れた。
 未だにガキの味覚のトラは、とろけるチーズ系の料理が好きだから。

 だけど、あいつが本当に好きなのは和食とか、いわゆる家庭料理、お家ごはんってやつ。
 男なら誰だって好きだろって。
 そう言うあいつに、俺は反論した。
 一緒にすんな、俺は洋食派だって。
 俺は男だ、トラも男だ、家庭なんか作れねぇ。
 女共のとっておきの武器に誰が手を染めてやるか。

 どんなにリクエストされても、洋食しか作らなかった。
 わざと洒落た料理ばかり覚えた。
 残念そうにしながらも食ってくれた、味噌が恋しいとか文句言った日も、結局残さず食ってくれた。
 トラは優しい、俺は可愛くもなく優しくもない、素直ですらない、誰よりもクソガキだ。
 想い返せば、終わりを迎える理由なんてあちこちに見つかる。

 だっせぇな。
 俺にはあいつしか居ないのに、手を振り払ってドアの外へ追い出した。
 自業自得でも、どうしようもない。
 食うつもりもないクセに、どうしようもない。
 できあがった夕食をテーブルに並べて、本当にやる事がなくなって座りこむ。
 とろとろのチーズがゆっくりと溶けていく、まだグツグツしている鍋を見つめていたら。

 「…ただいま」
 もし帰って来たら。
 そんな事、考えてなかったから。
 ごめんも俺が悪かったも、謝る準備はできていない。
 代わりにできあがっているのは、温かい夕食だけで。
 「おかえり」

 鍋の中にはたくさん、言葉にならない想いが詰まっている。



 2015.2.8(sun)14:16筆


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