それは、ひとひら


 信じらんねぇ。
 有り得ねぇ。
 この俺が。
 滅多なことじゃ〜ココロ揺さぶられない、冷め切ったこの俺が。
 クールって言えば聞こえはイイけど、ぶっちゃけただ愛想なくって冷めたマセガキ、我ながら感情の薄さにショーライどうなっちまうんだろ〜ねぇ〜なんて怖いぐらいだった、この俺が。


 たった、一瞬。
 
 でも、永遠の一瞬。


 記憶にずっと留めておきたい、奇跡の一瞬……(っつー大事なコト、後で気づいたんだけど)。


 一瞬で、オチた。


 実に些細なコト。
 少女マンガや、視聴率取る為に集めた若手俳優達が繰り広げるドラマみてぇに、単純なコト。
 単純なだけに、ココロの真ん中に、いつまでも残る。
 恐ろしいぐらいに、虜にされる。
 怖ぇ…
 マジで、怖ぇ…
 俺はマジでこれからどうなるんだ…?
 別の意味で、てめぇの将来が怖ぇ。
 何故なら。


 相手が、男だから。


 変わり映えしない今朝、だった。
 平日の月曜日。
 至ってフツーの日。
 いつもどーり、すし詰めの電車内。
 同学や他校の学生がわんさか乗ってる他、尊い労働に拘束されて不機嫌だったりユーウツだったり、何にせよ暗くてイカメシイお顔のリーマンやおネエ様方もわんさか居る。
 俺もユーウツを抱えて、不機嫌を隠そうともしないひとり。
 皆様とは違う、くだらねぇ理由から。

 ガキん頃から、周りに注目されて来た。
 流石に18になろうとしてる今、慣れ――るワケねぇ。
 ウゼぇだけ。
 人の不躾な視線なんて、マジ、ウゼぇだけ。
 容姿、頭脳共に極めて優秀なDNAの家に生まれた俺、常に注目された17年間だった。
 その視線の意味を成長するにつれ知り…すっかりネガティブになって冷めたガキになって行くの、誰も止めらんねぇ。

 性欲、嫉妬、羨望、憧憬、憎悪……
 人間の汚ねぇ感情を見せつけられ、押し付けられて来た俺は、全部「ゲーム」へ変換するコトにした。
 実に歪んだ、自己防衛法。
 生憎、起こるコト全てを自分の糧にできる程、大人じゃねぇし。
 笑って全員を許して救い上げる様な、お人好しの世話焼きでも善意の救世主でも何でもねぇ。
 俺はたまたま、容姿端麗、頭脳明晰、文武両道なだけで。 
 中身ただのガキ。
 ありふれた、何処にでもいる、ガキだから。

 手先が多少器用なところで、人生もココロも不器用そのもの。
 だったら、意味ねぇ。
 結局、中途半端でなんにもできねぇ。
 自分を活かすなんてぇのは、俺には一生無理かも知れねぇ。
 「君なら何でも出来るよ」なんて言われても、これっぽっちも嬉しくない。
 ラクして、遊んで、ダラダラしながら、一生暮らしたい。
 誰にも傷つけられたくねぇから、ケンカして、絶対勝ちを取る。  

 弱ぇから、不機嫌な顔。
 弱ぇから、毎日毎日、楽しくない。
 わかっちゃいるけど、何にもしねぇ。
 俺から動かねぇ分、物事は全部、周りから動いてくれる。
 我ながらゾッとする、気力のなさ。
 でも、そのままで居た。
 俺の行く末は、何処にあるのか。
 堕落の果てにある未来に、実にバカらしい興味があったんだ。

 だから、今朝も、何も変わらねぇ。 
 いつもどーり、同学からも他校からも注目浴びて、働く立派な社会人の皆サマにはちらちら視線を向けられて。
 女からは、性欲と虚栄を。
 男からは、嫉妬と羨望を。
 いつもどーりの、朝。
 いかにも性能悪そうな、エコとは無縁な暖房で順調に乾燥しまくっている車内、吐きそうな程にウンザリしてた。
 もーじき、ガッコウさんがある、駅に着く。

 その前にお決まりのカーブを通過する。
 不安定な足下の重心を守る為に、俺は吊り革を掴んだ。
 車輪が軋む音。
 ご丁寧で冷たい、「列車が急カーブを通過うんぬんかんぬん」っつー誰も聞いていないお決まりのアナウンス。
 油断していたヤツらが、バランスを崩す様。
 あぁ、イライラすんなぁ……
 今朝は特別、むしゃくしゃする。
 放課後…いや、昼までに、セフレ1号ちゃんでも呼ぶかなぁ…

 カーブ通過、真っ最中。

 ねじくれ曲がったイライラが、俺の鼻先を掠めた何かによって、更にピークへ達した。

 おちょくる様に鼻先をくすぐって来た、ソレ。
 手にして、はぁ?!って。


 羽…?!


 何でこんな、電車内で羽…?!
 飛んで来たソレに、俺は今の季節を想い出した。
 冬だ、冬。
 それもこの冬1番の寒さらしい今朝。
 誰かのダウンジャケットから抜けた羽が飛んで来たんだろう。
 つか、誰だよ…!!
 ウゼぇ。
 もともと俺、ダウン嫌いだし。
 モコモコモコモコ、幅取ってウゼぇ!!
 このむしゃくしゃ晴らす為にも、ダウン着てるヤツ、許せねぇ…

 飛んで来た羽を、握り締めたまま。

 車内を見渡して。

 目についた。

 黒いダウンジャケットを着た、同学制服来た男子学生。

 俺の周りで、ダウンを着てるのは、コイツだけで。
 同学=ボコり決定。
 どんなツラか、何年か、今の内に観察してやろうなんて。
 呑気で、アホだった俺は。
 寝グセ残ってるソイツの黒い頭を、ダッセェのと卑下しながら、激しい憎悪でガン見していたら。

 ふと、ソイツが、振り返った。

 俺を、見た。

 真っ黒な、瞳で。

 ただ、俺を見た。

 何もなかった、そこには。

 嫉妬も羨望も憧憬も憎悪も、勿論、性欲も。

 ただ、俺と一瞬、目を合わせた。

 
 知ってるヤツだった。
 同学、同じクラス、けど話したコトもアイサツしたコトも無ぇ。
 極めて平々凡々のクラスメイトA君だ。
 とりたてて特徴のない、平均点に属する容姿と頭脳の持ち主。
 平穏な日々を繰り広げているA君だ。
 俺とは違う、恐らく真っ当な人生を歩むであろう、そのありふれた普通さが羨ましくて、逆に意識したコトが無ぇ。
 今まで視界にも入れなかった。

 それなのに。
 
 何だコレ…
 信じらんねぇ。
 有り得ねぇ。
 この俺が。
 今の今まで、他人に感情を揺さぶられるコト、なかった俺が。


 何でドキドキしちゃってんだよ…?!


 視線はすぐ、自然に外されたのに。
 俺はそのまま硬直。
 心臓だけがどくどくと、いつもより多くて熱い血液を、全血管へ懸命に送り続けている。

 ただ、羽が飛んで来て。
 ただ、目が合っただけなのに。
 目が離せないのは、何でだよ…?

 そして。

 もっと俺を見ろよ。
 もっとお前を見せろよ。
 声が聞きてぇ。
 話がしてぇ。
 怒った顔も、泣いた顔も、いろんな顔が見てぇ。
 何より、笑った顔が見てぇ。
 触れてぇ。
 あらゆる時間を、一緒に……

 堤防が決壊して。
 土砂崩れが起こったみてぇに。
 次から次へと、尋常じゃない熱さで溢れて流れる、気持ち。
 止めてくれって。
 俺の全部が、お前なんかで、埋め尽くされる。
 他人に全部支配されるなんて、ウンザリだ。
 そう苦々しく願う一方で。

 
 嬉しい、かも……


 それは、ひとひら。

 ひとひらの羽が、運んで来た。
 たった、一瞬のコト。
 生まれて初めて、恋に落ちた。

 (自分の将来の心配してしまう程に、最初からマジで。)



 2010-01-11 18:21筆



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