こんびに。(2)


 年が明けたら、首を吊ろうと想ってた。


 …いや、別に、どんなだってイイんだけど。

 けど、なるべく人に迷惑かかんないやり方がイイ。
 電車に飛び込んでたっくさんの人の時間を足止めしたり、バラバラになった身体をあちこち探してもらったり、ぐちゃぐちゃになった身体を見ちゃった誰かさんが不快になったり、なんだろー…
 死んだ後まで、人に迷惑かけたくない。
 あらかじめ超がんじょーなゴミ袋の中に入って、中からかたーくほどけない様に縛って、飛び降りるなり首を吊るなりしたらマシかな… 
 そんでもって、俺も、なるべくなら痛くない、一瞬でイッちゃうのがいーな…
 贅沢かな。


 どんどん押し迫って来る年末年始、世間一般の人と足並みを揃え、忘年会だの合コンだの飲み会だの、いろいろな建前上の名前をつけた、「人肌恋しい季節ならでは・孤独の分け合い押し付け合い会」に参加してみたり、レポートやテストに追われてみたり、流行に乗っ取って話合わせたり、してみていた。
 うん、やっぱり変わらねぇわ、何も。
 ぜんっぜん、面白くもない、楽しくもない。
 この世界は何ひとつとして、俺を引き止める要素がない。

 申し訳ない。
 皆と同じ様に生きて来たつもりなのに、どうしても俺にはわからなくて申し訳ない。
 顔で笑って見せながら、本音は少しも明かせずに申し訳ない。
 頑張ろうと想ったんだ。
 こんな薄っぺらい表面上の付き合いだけじゃなくて、もっと世界に歩み寄ろうって想ったんだ。
 皆が求める「好感度の高い人間」に、せめて普通の人間になろうってずっと想ってたんだ。

 けど、ダメだった。

 何もかも面白くない。
 
 知ってる、世界は広いこと。

 知ってる、俺はまだ何も知らないこと。

 友情も恋愛も、あらゆる愛情も、世界には探せば溢れている。
 求めれば与えられるらしい。
 わかってる、わかってるよ。

 でももう、疲れたんだ。
 
 どうでもイイ、全部。


 年が明けたら、全部にさよならする。
 
 
 そう決めたことで、やっと、息苦しさがなくなった。
 日常の煩わしさがどうでも良くなった、そりゃそうだ、来年の今頃にはもう此所に居ないのが決まってるんだから。
 毎日がラクだ、こんなにラクだったんだ。
 だから妙に付き合いが良くなった俺に、皆首を傾げながらも喜んでくれている様だった。
 「孤独会」の誘いはことごとく増えて行った。
 俺は最期に何も拒まない事にして、ことごとく参加した。
 据え膳は全部頂いた。
 残したい程に美味しくなかったけど。
 
 いいんだ、どーせ、もうすぐ終わる。
 全部、終わるから。


 新年まで2週間を残す所になったある日。
 明け方まで続いた「孤独会」の帰り、酔い覚ましにぶらぶら歩いていたら、いつの間にかよく知らないエリアに来ていた。

 流石に目が覚めて、どこだよここって呆然として。
 ふとナナメ前を見たら、どこにでもあるギラギラした蛍光灯の光が見えた。
 コンビニの光だ。
 何かあったかい、どーでもいー飲みものとか買って、酔いを覚まして通りに出てタクシー拾って…それで帰ろう。
 そこまで考えるのに時間をかけてから、やべーマジ酔ってるかもとか苦笑しながら、酒臭いわカラオケの隠った匂いがするわいろんな人間の香水が混ざっているわの、サイテーの身体を引きずって、店の中に入った。
 …しっかし、この蛍光灯、マジ眩しー…
 オール明けの身体には毒矢の様に突き刺さる。

 「いらっしゃいませぇ」

 コンビニの中にはいかにもやる気のないコンビニ店員見本、みたいな男がレジにいて。
 後、俺みたいな朝帰り組とか、ガラの悪そうなヤローが店内をふらふらしていた。
 皆、ダルそーだ。
 そりゃそうだ、紛う事なき朝だもんな、しかも早朝。
 俺もダルい、超ダルい。
 急に喉乾いて、スポーツドリンクのペットボトルと、眠気覚ましにクール系ガムと、レジ横のホットドリンクコーナーで缶コーヒーを手にしてレジに行った。

 「いらっしゃいませぇ」

 おぉー…
 マジやる気ねーな、コイツ。
 年は俺と同じぐらいだろうか?
 背は俺より低い、見た目フツー。
 朝っぱらからバイトなんて、ご苦労さん。
 きっと今風の若者(俺だって若いけど)、眠そうで気怠い表情に違いないと想って、こそっと顔を見たら意外としっかり起きてるツラだった。
 黒い目の動きは、ダルそうな口調と違って、結構活き活きしてる。
 ちょっと…子犬みてー……
 昔飼ってた、ムクムクの犬のこと、想い出しそうになってたら。

 「ありがとーございましたー」

 いつの間にか、会計は終わってて。
 無愛想に商品の入った袋を渡された。
 
 「次のお客様、こちらどーぞー」

 そんでもって、他の客もレジに並んでた。
 なんだよ、何か面白くない。
 いや、別に、いつだって面白いことなんか、何もないけど。
 店を出て、そのまま、店前の邪魔にならない位置で、スポーツドリンクを煽って、缶コーヒーを飲んだ。
 どーせ不味いんだ、味がごっちゃになっても構わない。
 喉の乾きが癒えてから、ガムを噛んだ。
 ちょっとだけマシな心持ちになった。
 ダルいけど、帰って少しは寝ないと。
 今日も「孤独会」のお誘いが入ってる。

 年明けまで、俺は忙しい。

 ぼけーっと明るくなって行く空なんかを見上げながら、ガムを噛んでたら。 
 「お先っす」
 店の裏側にある扉が開いて、さっきの店員の声が聞こえた。
 ふーん、上がりなんだとか想って、何気なく声のした方を見た。
 見て、固まった。
 やる気のないコンビニ店員見本君は、扉から外へ出て来て、明るくなった空に向けてダルそうに両腕を伸ばして。


 今、ここから消えて無くなれるなら消えてやる、みたいな。
 鋭く儚い視線を、絶望してる無表情さで、太陽の方に向けて。

 降り注ぐ冬の弱い日差しに、少しだけ、目線を和らげた。


 それは、一瞬のこと。
 やる気のないコンビニ店員見本君は、その後すぐ、腕時計を見ながら走り去って行った。

 何で…?
 何でそんな顔、した…?
 気になって気になって、どうしようもない想いがこみ上げて、ガムを噛むのも出すのも忘れた。 
 それから、何か意味もなく、そのコンビニへ通う様になった。
 朝昼晩と毎日、いろんな時間に通う内に、やる気のないコンビニ店員見本君のシフトを掴んだ。
 やっぱり明け方まで続く「孤独会」の帰りに立ち寄るのが、1番確実みたいだ。
 シフトがわかったからって、特に何がしたいワケじゃない。
 自分でもよくわからない行動だ。
 ただ、いつ行っても、やる気のないコンビニ店員見本君はきちんとやる気がなくて、何かそれに安心してる自分が居た。

 
 足繁くそこへ通っている内に、このちいさな街の全容を大体把握して来た。
 コンビニの近くに、ちいさなアパートを見つけた。
 過去の俺が1番幸せだった時に住んでいた、懐かしい家の記憶によく似ていた。
 コンビニに通うついでに、俺はこのアパートにも惚れ込み、コンビニとこのアパートは俺のモーニングセットになった。
 この街自体が、何かイイ…昔を想い出す、遠い昔のこと。
 もう絶対に戻れない過去、俺はちゃんと笑顔だったのに。
 本心から笑顔だったのに。

 どこへ行っちゃったんだろう、あの時の俺は、俺の心は。

 このモーニングセットが欠かせない日常になった頃、俺は決めた。
 年明けの予定は変更だ。
 この街に住もう。
 もう1度、やってみよう。
 此所で何も取り戻せないなら、その時はまた再来年の年明けに…
 そうだ、期限が決まってたら、俺もラクだし頑張れる。
 うん、何とかできそうな気がする。

 そしてもし、機会があったら、あのやる気のないコンビニ店員見本君にちょっと話しかけてみようかな…
 何かさ、やる気ないクセに、面白そうな匂いがするから。

 この街の不動産であのアパートの空き室情報を見つけるのは簡単だった。
 引っ越しの荷物をまとめるのも、引っ越し自体も簡単だった。
 物事が簡単に進んで行く。
 

 俺はもう1度、生きてみる。



 2009-12-21 18:40筆



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