届かない、届けない(2)
ごめんって。
どうかしてたって。
そんな、何度も何度も、くり返すコトないじゃんか。
ちょっと体重かけるだけで、不穏な音を立ててギシギシ軋む窓枠に、そっと頬杖つきながら。
明け方、昇り始めた太陽の弱い光に包まれながら、正常な世界へ戻って行く後ろ姿をずっと見送っていた。
決して振り返らない、ぼんやりと光に滲んだ後ろ姿を。
「カノジョと別れるかも…」
突然、終電でやって来たアイツ。
高校の頃からずっと、好きで好きで好きで、どうしようもなかったアイツ。
本当は、アイツが志望していた大学に俺も行きたかった。
けど、頭のデキが違うし。
アイツには、ずっと付き合ってるカノジョが居た。
大学を卒業したら結婚したい、とまで宣言する程、本気で、付き合いの長い大事なカノジョが。
フツー、ずっと付き合ってたらマンネリ化するもんだし、俺達はまだ若いが故に、あっちこっちへ目移りして放浪するもんだ。
自然の摂理というか、男は特にというか。
でも、アイツとカノジョは違ってた。
いつまでも仲が良かった。
人づての話で聞いたコトしかない。
写メを見せびらかされたコトしかない。
全然知らないけど、アイツが本気だってこと、よく知ってる。
熱しやすく冷めやすい、仲間内で誰よりフラフラしていた男が、カノジョだけに一途なコト、よく知ってる。
高校は別々だけど、大学は同じ所に通うのだと。
折を見て同棲するのだと。
アイツはとても熱心に勉強していた。
世の中に「絶対」なんて、そうそう有り得ない。
どっちかが落ちたら、この話はなかったことになるのに。
それでも、同じ大学に通い同じ家に帰る、仲の良い2人の姿なんか、絶対に見たくない。
僅かな可能性に賭けられる程、俺はギャンブラーじゃない。
これ以上、毎日毎日心臓から血が流れ出るような想い、味わいたくない。
近くに居ない2人なのに、こんなにも辛かったのだから。
わざと、ヤツらが目指す大学とは想いっきり逆方向の大学を選んだ。
俺の学力ではギリギリ合格圏内だったけれど、それこそ、死ぬ想いで勉強しまくって合格を勝ち取った。
そして、イヤな想像はよく当たる、ヤツらは見事、お目当ての大学に合格。
ああ、これで忘れられる…
やっと、ほんとうに忘れられる…
卒業式の時、安心して。
卒業打ち上げのクラス会の帰り道、ちょっとだけ、こっそりと泣いた。
俺達は、こうして背中を向け合う形で、新しい生活をスタートさせた。
それでも、時折、じくじくと胸は痛んだ。
何かの拍子に…たとえば、くだらないことだけど、アイツが好きだったコンビニの系列店舗の前を通りがかった時や、アイツがよく飲んでいたジュースを誰かが飲んでいた時…よく想い出した。
その時々の記憶の中に潜む、色や匂い、手ざわり、光の加減なんかを、今でもそれは鮮やかに想い起こした。
それだけずっと一緒にツルんでいた、アイツは俺の日常の一部だった。
仕方がない。
その度に痛む心臓の辺り、息苦しくなる呼吸は、俺本人にもどうしようもない。
自然に記憶が薄れて行くのを待つしかない。
人は忘れゆく生き物なのだから、きっと大丈夫だ。
いつか、笑える日が来る。
青臭い想いを抱えて、ウンウン悩んでいた日々を、面白おかしく眺められる日が来る。
俺は、新しい生活に身を委ね、大切に積み上げて来た記憶ひとつひとつを手放しながら、俺らしく過ごして行けば良い…
お互いに忙しい。
高校と大学では、まるで世界が変わる。
暫くは連絡を取り合っていても、地元を離れた者から徐々に、新しい世界へ没頭して行く。
実家から通える距離じゃなかったから、俺は1人暮らしを始めた。
それ程裕福な家ではない、生活費や交遊費はバイトで稼ぐしかない。
1年生の内は講義も毎日入る。
それこそごく自然に、高校時代に培った友情とは疎遠になって行った。
アイツとも、どんどん、距離が空いて行った。
大学、バイト、それぞれの場所で新に出会った友人達…
こうして、忘れて行くのだろう。
連絡先はまだ知っている。
俺が住むボロアパートの住所だって、一応、教えてある。
繋がりは完全に消えていない、だけど、自然に薄れて消えて行くだろう。
俺が抱き続けた、重苦しいだけの恋愛感情だって。
そうして幾年月経ち、ほんとうに忘れた頃に、アイツから結婚通知が届いたりして、その時は「おめでとう」って笑ったりするんだろう。
それで、いい。
それが、いい。
でも、俺は、甘かった。
繋がりなんて、残しておくべきではなかった。
完全に、断ち切っておくべきだったんだ。
自然消滅がいい、なんて偽善だ、甘い…弱さだ。
ただの英数字の羅列を、携帯に残しておくなんて、とても浅ましい、未練に過ぎない。
どこかで、期待していたのか。
もし、アイツが、カノジョと別れたら?
俺に何のチャンスがあるわけないのに、そんなのよくわかってるのに、アイツの英数字の羅列を消去しなかった。
これは、何の罰?
それとも、頑張ってる健気な俺へのご褒美?
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