深夜消失飛行


 「消えたいんだよ」


 アキに何言ったって無駄、わかってるのにさぁ。
 言わずにおれなかった。


 「消えたいんだ」


 世界中が、寝息を立てている。
 俺だけ取り残された、静かな世界で。
 何処にも届かない、誰にも届かない呟きは、白い息になって消えて行った。
 神様がいるならさ…
 俺の願いごと、叶えてくれたら良いのに。
 だって、簡単なこと。

 人ひとり消すぐらい、神様には簡単なことなんじゃねぇの…?

 でも痛いのとか、カッコ悪かったり、くだらない噂の的になるのは嫌だって、想うのは浅はかなのか?
 それはカッコ良くなって女にモテたいとか、世界征服してみたいとか、タイムスリップしたいとか。
 そーゆーのと同じぐらい、現実味の薄い、叶わない願いなんだろうか。

 何かを持っていて、でも何も持っていない俺。
 空っぽの俺。
 好きなものとか、夢とか、あるのに空っぽな俺。
 ほんとうは消えたくなんかないのかもしれない。
 そういう一瞬が、日常の中にたまに在る、それだけのことなのかも知れない。
 だけどきっと、消えても後悔なんかしない…


 だって、空っぽなんだ。
 この手は、何も掴んでないし、持ってもいない。


 世界中に恵まれない人はたくさん居る。
 今、この瞬間に、恐怖に震えてる人が居る。
 世界はいろんな問題で埋め尽くされてる。
 笑ってない人間を数えた方が早いぐらいに。
 それなのに贅沢な俺は、この平和ボケした顔で暗い闇を負ってる。
 安全で清潔な国の片隅で、消えたいと浅ましく願ってる。
 自分のやる気のなさ、弱さに、いちばん嫌気が差してるのは俺で。

 こんなことじゃダメだって、何度も立ち上がって、上を向いて見るけど。

 その繰り返しの日々に、いつまで経っても届かない想いに、時々ものすごく疲れる。

 そして、心から願う。


 神様。
 今までの俺も、明日からの俺も、全部消して下さい。


 自分ですら要らない自分、誰だって要らないだろう…?


 こんなこと、アキに言ったって無駄なのに。

 案の定、いつも通りアキはにこにこ笑ってる。
 天から愛されて生まれたって、きっとこーゆーヤツのこと。
 何でもできて器用で、人付き合いも上手くて、老若男女問わず好かれて愛されて。
 いつもにこにこ笑ってる。
 心から楽しそうに笑ってる、アキの口からマイナスなこと、聞いたことない。
 俺、何でこんなヤツと幼馴染みなんだろう…?
 何でこーゆー夜、側に居るのはいつもアキなんだろう。
 いちいち、落ち込む。
 俺はどんどん、堕ちて行く。

 黙って静かに笑ってたアキが、不意に口を開いた。

 相変わらず、人の好さそうな笑顔を浮かべて。
 アキの周りの空気が、ゆっくりとやわらかく動いた。

 
 「消えてみる?」


 ナニ言ってんの、こいつ。
 「……は?」
 「一緒に、消えてみる?俺、ナッちゃんとなら良いよ」
 マジ、ナニ言ってんの?
 うまく笑えなくて、すげームカついて、こっちは冗談じゃなくシリアスなのにとか、腹立たしくて、アキの横顔を見つめたら。
 静かな瞳は、フェンスの向こうに広がる、暗闇を穏やかに見つめていて。
 その顔は、晴れてる青空を見上げてる時と、同じぐらいにいつも通りで。
 

 アキが、本気だってわかった。

 
 「……は、ナニ言ってんの?誰がアキなんかと…つか、俺、消えねーし。明日、購買でぜってー焼きそばパンゲットするし?」

 俺のほうが、冗談を言って。
 アキは変わらずににこにこ笑ったまま、ひどいなあと言って、フェンスから視線を外した。


 「ナッちゃん、でももう、『明日』だよ」

 
 そうか…
 携帯の時計、早朝の4時を差してる。
 もうすぐ、朝だ。

 「うるせーよ。焼きそばパン、アキの奢りだからな」
 「え〜?また勝手に決めて〜」
 「うるさい。決定だから」
 仕方ないなあって、にこにこ笑って。
 制服のカッターシャツから煙草を出して、俺にも1本くれた。
 慣れた仕草で、ジッポで火、お互いに点け合って。
 まだ寝たまんまの世界に、灰色の煙を、ふたりで振りまいた。

 「もうすぐ朝だね〜」
 「……あぁ」


 こっそり忍び込んだ、学校の屋上。

 見上げた夜空に、点々と距離を置いて光る星が、やけに目に眩しかった。



 2009-01-07 05:20筆



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