また巡る時、この星の下で。


 「今宵は綺麗な星空ですね…」

 隣を歩く少年は、何時でも明るく微笑っている。
 如何なる時でも如何なる戦局で在っても。
 
 最期の前夜で在っても。

 澄んだ真直ぐな瞳に、その心根を宿し、今は満天の星空を仰ぎ見ている。
 「そうだな…」
 小さく返し、それきり黙って歩いた。
 愛馬の頭を撫でると、まるで腑抜けの主人に対し目を剥いて来て、苦笑を浮かべるしかなかった。
 この俺が、唯一静止する。
 この一見か弱い少年の前では、敵味方から鬼神と恐れられた我が身も敵わない。
 初めて接見した頃よりそうだった。
 唯、戸惑う。


 心底惚れている。


 我が物にする事すら出来ず、唯側に置いた。
 手を伸ばせば届く距離で微笑って居てくれさえすれば、それだけで充たされた。
 可憐な花を無下に手折り、傷つける事を恐れた。
 何より己自身が傷つく事を恐れ、心が震えたのだ。
 絶対に失いたくなかった故に。

 「日向(ひなた)」
 「はい?」

 呼べば直ぐに振り向き咲くこの笑顔を、決して失いたくなかった……

 「御屋形様…?」

 初めて抱き締めた愛おしい者からは、その名の通り、春先に感じる優し気な日向の匂いが薫った。
 大きな瞳は、戸惑いを隠さずに、己を映して居る。
 「日向……お前は明日、郷へ帰れ。」
 「!何故、その様な…!」
 さっと顔色を変え、侮辱されたと瞬時に怒りを宿す、この者を武士にしてしまった己の責任の重さを痛感した。
 「お前を失いたくない」
 けれど、どうか。
 「……御屋形様…?」

 どうか。


 「俺はお前を愛している。…お前を失いたくない。お前には、生きて欲しいのだ。」


 生涯伝えるつもり等なかった秘想を、口にした。
 真摯な眼差しは真直ぐに、こちらを射抜いている。
 それも束の間。

 うつくしい微笑が、哀しく告げた。

 「御屋形様の居ない世に生きる等…地獄に等しい苦しみを、私にお与えになるのですか。」
 「日向…」
 そんな顔、見たくはなかったのに。


 「御屋形様のお側に最期までお仕えする事を、どうかお許し下さい。僕は…御屋形様を……」


 煌めく星々の天(そら)の下、震えるくちづけを交わした。


 「……良い…続きはまた、いつか…。」
 「いつか…?」
 胸の内からこちらを見上げる、最愛の者に、今生最期となるであろう不遜な笑みを贈った。
 「そうだ、いつか…また、星が巡る時。」
 「星が巡る時…?」
 「ああ、きっと…。」


 きっといつか。
 今よりずっと平安で在る筈の世の中で、また巡り逢う。

 君を、どんな形でも見つけてみせるから。
 
 
 君と出逢ってみせるから。
 

 「いつか、きっと…。」
 「いつか、また…。」


 この星の下で。



 2008-02-13 22:57筆


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