まもってあげる


 『せんせー、あのね、あのね…?ないしょのおはなし、なのです』
 『ん〜?なんだい、優月(ゆづき)くん』
 『あのねぇ…ぼくね、おっきくなったら、せんせーのこと、まもってあげる』
 『え〜?』
 『せんせー、こわいもの、いっぱいでしょ?たかいところも、プールも、けーこせんせーも、おきゅうしょくのにんじんも、ピーマンも…んと、んと、おっきなわんこも、たかちゃんやここあちゃんのおかあさんとか…』
 『し、しー…!静かに優月くん…!!な、なんでそんなこと…なんでピーマンや人参のことまで…』

 『みてたらわかるのです』
 『そ、そっかぁ…先生の大事な秘密だったんだけどなぁ…』
 『だいじょうぶなのです!ぼくしかきづいていませんもの』
 『そ、そう…?皆には内緒にしててネ…?』
 『もちろんですとも!』
 『お、頼もしいなぁ…さすが、優月くんは皆の人気者だもんね』
 『ぼくは、こうへいせんせーがいたら、それでいいのです』
 『っぷ…コロシ文句だ〜いっちょまえだねぇ…はは、勿論、皆に人気者の優月くんのこと、先生も好きだよ?』
 『む〜…ま、いまはそれでいいのです。とにかく、やくそく!』

 差し出された、ちいさな小指。
 真剣な、幼い瞳。
 精一杯の背伸び。

 『あと、11ねんだけまってて、こうへいせんせー。もっといっちょまえになって、いっぱいのこわいものから、ぼくがまもるから』

 11年と、明示された期間。
 大人にとっては果てしなく長く、けれども瞬間で過ぎ去る、ちいさな子供の記憶が薄れるには十分な年数。
 その時、俺はどこに居るのだろう。
 君は、どこに居るのだろう。
 誰にも、先のことはわからない。
 『はは…わかった、わかった。約束、な』
 『はい!ゆびきりげんまん・うそついたら…んとんと、わすれちゃったほうが、わすれなかったほうのいうこと、ぜったいなんでもきくこと〜ゆびきった!』

 それならきっと。
 君が、忘れるよ。
 何もかも、忘れるよ。
 だって君の人生は、始まったばかりだ。
 通っていた幼稚園で、たまたま担当になった、新米保育士の俺のことなんてすぐに忘れる。
 俺はきっと、最初に担当した君達のこと、結構長く覚えていられる自信があるけれど。

 『やくそく、わすれないでね!』
 
 そう言って、子供達の輪の中へ戻って行く、1園児の背中を、俺は微笑ましく見守っていた……



 「――…のが、昨日のことみたいに想い出せるんだけど…?この状況は果たして一体…」
 「あはは、せんせー、ごまかすの下手〜やあっと俺のこと、想い出したクセに〜ほんっと昔のまんま、変わってないねぇ?」
 「いやいやいやいや!誤摩化すとかじゃなく…!き、君がこの『こぐま幼稚園』卒園生の成瀬優月君なのはわかってる…!11年ぶりの再会、本当に嬉しく想ってるよ!?けど、こ、この状況は何だろう…!!何故俺は君に押し倒され、跨がられて居るんだろうか…!!」
 
 園児が帰った後。
 同僚の保育士さん方も、皆、帰った後。
 園内に残っているのは、お年を召して耳が遠くなって来た、やさしいおじいちゃん園長先生と、園長先生ご夫人と。
 ワガママ言って明日のお誕生日会のメダル作りに凝りたいが為、居残らせてもらった俺、と。
 3人だけ。
 その実、園長先生夫妻は職員室でTVを見ながら、お茶を飲んで居るから、俺ひとり、と言っても過言ではない。
 そんな夕方の、昼間の喧噪が嘘の様な、静かな静かな幼稚園。

 なぜ、俺は、「ひよこ組」と名付けられた可愛らしい教室の中、名門進学高校と名高い近隣の学校の制服を小粋に着崩している、決して優等生ではない雰囲気ながら、その不良っぽい危うさもイケメン度に更に拍車を掛けている、男子高校生に押し倒されているのか…!!

 わからない…!!

 彼が11年前の春に卒園して行った、当時から容姿の整った、園内でも保護者の皆様方にも大人気の子供だったこと。
 そんな天使の様に可愛らしくて、でも自ら率先してバカをやってみる愛嬌があったり、大人達には礼儀正しかったり、なんだか大人びた5才児だった彼が、新米の落ちこぼれ保育士の俺に特別懐いてくれていたこと。
 いろいろ、想い出した、けど。
 だからと言って、この状況の説明はつかない。
 彼は夕陽を背に、にっこりと。
 それはもう、あでやかに、男の色気を醸し出しながら、微笑った。

 「『待ってて』って、俺、言ったよねぇ?約束してくれたよね、せんせー?」

 小首を傾げると、肩の辺りで波打つピンクがかった不思議な色味の金髪が、さらりと揺れた。
 口調は、軽くて緩い。
 ダルそうな、今時の若者の口調、言葉遣い、ファッション。
 けれど、淡い茶色の瞳の奥は、鋭く研ぎ澄まされていて深淵で、口角は上がっているのに、真摯で。
 少しも、目を逸らせない。

 「だから〜約束果たしに来たんだ〜。あの時、誓った通り、俺は天然でどんくさくってミスってばっかで、でも憎めない、かわいーかわいーせんせーを守るために〜、勉強もスポーツも頑張ったし〜ケンカも強くなったし〜大抵の物は食べられる様になったし〜その他諸々、考えつく限り目いっぱいのいろ〜んなこと、究めてみたんだよ〜。ね、すごいっしょ?俺、あの『聖徳学園』の1年首席入学だよ?ここら一帯を占めてる『ピーマン』っつーチームの頭だし〜」

 完璧に整った、かなり緩く不良モードに崩してはあるけれど、壮絶な美貌が俺に近寄った。


 「もうそろそろ、いっかな〜って。11年経ったし〜迎えに来たよせんせー。俺が、先生を守ってあげる」

 
 「な……」
 「ん〜?」
 「な、なんで…」
 「なにがぁ〜?」
 「なんで、不良チームの名前が、『ピーマン』なんだ……」


 取り敢えず、パニック中です。



 「いや、『人参』でもよかったけど?」



 2010-04-29 22:06筆


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