すき、だいすき。(2)
「う――わぁわわわ…どうしよ〜英語の課題、忘れちゃったい」
HRまでまだ時間がある、今日もぼうっとしつつ全身の神経を使って、平沢の存在を追っていたらそんな声が聞こえた。
「アツ、マジで?!お前なぁ…今日ぜってー当てるって、センセに言われてたじゃんよ…」
「だよね〜…だよねだよねー…ドウシマショウ?どなたか完璧にこなしてる方、いらっしゃいません?」
「「「「「いらっしゃいません」」」」」
「だよね〜……お前らだもんねー…」
「あはは、素直に怒られろー!」
「アツが吊るし上げられんの、皆期待してるぜー!」
「本当ッ?!ありがとう!アタシ頑張る!そしてこんな友情ぶっ壊れろ!!くっそ…ぜってー何とかするし…俺マジでヤバいし、えーご。誰か誰かぁ〜……あ!」
「「「「「あ?」」」」」
あ?!
気づいたら、平沢が目の前の、まだ登校していない空いてる席、後ろ向きに行儀悪く座ってて。
「お願いっ、不動(ふどう)君…!!俺さー2限の英語の課題、やってなかったらマジでやべーの!!鬼の補習地獄になっちゃう!!後生ですからプリント見せて下さいっ!!この通り、お願いしますっ!!」
ぱんっと、音を立てて拝む姿勢で。
そうかと想ったら、ごろっと俺の机の上に突っ伏して、ごろごろしながら上目でおねだりして来た。
「お願いしますにゃー」
にゃー?!
にゃーって、何だよって想うのに。
不覚にも、可愛いって想ってしまった。
ほんの少し、指を動かせば、すぐ触れられる位置にある、ふわっとした長めの薄い茶色の髪とか、ニキビ跡なんか見えない滑らかな肌とか。
意外に長い睫毛とか、着崩したシャツから見える日に焼けた肌とか、発見したくなかったことまで知ってしまって。
ここまで自虐的にならなくても、プリントぐらい、すぐ貸してあげるのに。
ひそかに痛んだ胸には知らないフリをして、ポーカーフェイスを装いながら机を探り、実に素っ気なく渡した。
「……今回だけ、だから」
冷たい響きの声まで、出た。
どうしてこんな、愛想のカケラもない対応しか出来ないんだろう。
折角、すぐ目の前に好きな人が居て、俺を頼ってくれているのに。
今度はさっきよりも確かに、ずきりと痛んだ胸、それでも感じなかったフリをした。
それなのに。
「マジで…?!マジで貸してくれんの?!神がここに居た…!!ありがとー不動っ!!不動様っ!!マジで助かるぅ〜俺、超うれしー!!」
何が起こったのか、把握するのに時間がかかった。
ようやく理解した時には、既に、平沢の長くてがっしりした腕は、俺から離れていた。
「1限の内に完璧に内職して返すから!ホントありがとうなー!」
何も言えるわけがない。
呆然としている内に、平沢は身軽に自分の席へ戻って行って、HR開始のチャイムと同時に前の席のヤツが駆け込んで来た。
担任の先生が入室して、日直が挨拶の号令をして、席に着いて、やっと実感した。
(平沢に、俺、抱きしめられた…っ)
一瞬だった。
当然、本気でも何でもない、一瞬のふざけたコミュニケーションの抱擁。
それでも俺の身体はまざまざと記憶してしまった。
平沢のあったかい体温とか、ほんのり香った甘すぎない香水の匂いとか、細く見えるのに男らしいがっしりした筋肉の付き方だとか、頬に触れた柔らかい感触の髪とか。
軽いノリの混じった平沢らしい声、言葉が、心からのほんとうのもので、語尾は低くて、俺の耳の中へ一語一語、ちゃんと届いたこととか。
(うわーうわーうわー!!うわー…!!)
痛かった胸が、どうにかなりそうなぐらい震えて、顔だけじゃなくて全身熱かった。
こんな事があって良いのか。
何のご褒美だって言うのだろう、日頃真面目にしていた成果なのだろうか。
一生に1度だけの、しあわせな奇跡?
もう絶対、2度と起こり得るわけがない。
平沢に、触れられたこと。
仲間同士ではよく、濃いコミュニケーションを繰り広げているけど、俺なんかとどうしてまた…ほんとうに何の奇跡なんだ。
しあわせで、でも、上がった体温は急激に冷えて行った。
平沢が、好き。
好きだよ、友情や憧れじゃなくて、恋愛感情として。
だけどそれは、遠く離れて見ているから、しあわせなものだったんだ。
決して届かないから、良かったんだ。
そっと好きでいられたら、いつか、必ず忘れられるから。
消していけるから、記憶から。
こんな風に人を想っていた事もあったなぁって、後で笑えるから。
触れたら、駄目なのに。
少しでも近寄ったら、距離が近くなったら、あっという間に駄目になるのに。
好き。
好きだよ。
大好き。
どんどん、好きになってしまう。
気持ちが、おおきく、増えてしまう。
なぜか泣きたくなる衝動を堪えて、HRを流し聞きながら、窓の外へ視線を泳がせた。
木々が色づき始めている2学期の半ば、平沢と同じクラスで居られる時間は、あと半年もない。
2011-02-01 23:59筆 [ 15/26 ][*prev] [next#]
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