後で、手紙を書きます。(2)


 実はこっそりと、ちょっとずつ運び出していた荷物。
 最後に残していた荷物は、スポーツバッグに十分収まった。
 肩がけにして、アパートを出た。
 外は、雪。
 すぐに溶けてしまうだろうけど、うっすらと道が白くなっている。
 2階建ての学生向けのアパートの階段を降り切った所で、ぐらりと目眩が起きた。
 足を止めると、ポツポツと、雪の上に斑点がいくつもできた。

 流れ続ける、止まらない涙。
 なんて浅ましい、澱んだ涙だろう。

 目眩を振り切って、涙を流したまんま、顔を上げて歩き始めた。
 後ろは振り返らない。
 決めていた。
 今日のこと。
 ちゃんと、どういう風に終わるか、決めていたんだから。
 俺は、迷わない。
 彷徨わない。
 前を見て歩き続けてみせる、最期まで。

 ただ、こんなにも涙が溢れてくるのは、想定外だった。

 心が、痛い。
 こんなにも、どうにかなりそうなほど、痛いなんて。
 この先、どんな痛みにだって耐えられるだろう、そんな苛烈さだった。
 胸の辺りを抑えながら、でも、しっかりと歩き続けた。
 ともすれば、さっさと身を翻して温かい部屋の中へ戻りたい、そんな衝動を踏みつぶす想いで歩いた。
 もう、戻れない。
 2度と、戻らない、戻ることはない。


 バイバイ。
 もう、2度と会えない人……


 ごめん、ごめんなさい。
 ごめんね。
 俺はもうすぐ、この世を去ります。
 君と暮らせて、どんなに幸せだったことか。
 いいや、君に出逢えて、好きになって、俺がどんなに幸せだったか…
 幸せは、ずっと続くはずだったのかな。
 この先いつか、俺からじゃない、君から終わりを告げられたかも知れない。
 俺が永遠に知ることのない未来、ifの世界。 
 でも例え、どんな終わりが来ても、生きてさえ居たら幸せだと。
 君が生きていること、遠くからでも感じられたなら、幸せだった筈と言える。

 暑く長い夏が過ぎてから、急に感じた身体の異変。
 ただの夏バテだと信じていた。
 短い秋が過ぎ、冬に差し掛かってもいつまでも優れない体調に、流石におかしいと想って嫌々出向いた病院で、家族まで呼ばれて宣告された。
 余命1ヵ月………
 ひっそりと育っていた癌が身体中に転移していて、非常にお気の毒ですがもう手遅れですと事務的に言われた。
 君に言えるわけがない。
 強く見えて、実は緊急事態に弱い君に、こんなことを告げたらどうなるか。

 何より、俺が怖かった。
 
 死ぬとわかっている人間の側になんて居られるかと、君に拒否されるのが怖かった。
 万一、側に居てくれたとしても、ボロボロに弱って行く姿を、君に見せたくなかった。
 君はどう想うだろう?
 俺を見て、何を感じるだろう?
 怖かった。
 知りたくなかった。
 君が俺から手を離すことも、泣きながら側に居てくれることも。
 いろいろな可能性が怖かったんだ。

 ごめん。
 弱くてごめんなさい。
 奇跡を信じてみたかったけど、日に日に痩せ衰えて行く自分の身体、どんどん体力が落ちて眠ることさえ辛くなって行く事態に、泣いても笑ってもほんとうに死が迫っていることがわかってしまった。
 だから、俺から手を離します。
 こんなこと、絶対にしたくなかった。

 絶対に有り得ないことだったのに、俺から君の手を離します。

 どうか。
 どうか、幸せに。
 幸せに幸せに幸せになってください。

 俺が、君のお陰で幸せだったように、君もうんとたくさん、幸せになってください。
 なにげない日々が、とてもかけがえのない愛おしさで溢れていた、俺は温かい想い出に包まれて旅立てることが幸せです。
 そう、想いたい。
 君のまっさらな未来を、応援したいと想う。
 今はまだ、怖いけど。
 これからどんな風に最期を迎えるのか、君にもう会えなくなることが、ほんとうに怖いのだけど。
 
 君から背を向けた、雪が降る夜はとても冷たい、頬を伝う涙はそれでも温かい。
 死ぬことが決まっているのに、今、生きていることが怖い。
 別れたばかりなのに、会いたいと想う、自分の弱さが怖い。
 恐怖が、消えたら。
 ちゃんと、何もかも、受け入れられたら。

 手が動く内に、目が見える内に、意識がある内に、君に手紙を書きます。

 まだ見ぬ遠くへ去った後、暖かい春を迎えた頃の君へ向けて。
 愛していると。
 とても愛していたと。
 ありがとうと、笑って書きます。
 馬鹿な俺を、君も笑って下さい。
 
 俺は、君を愛しています。
 ずっとずっと、だいすきです。



 2011-01-29 23:41筆


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