始まり
チリーン…
どこからか鈴の音が聞こえる。
誰かが持っている、キーホルダーか何かが揺れたのだろうか。
リーン…
かすかな涼やかな音に、想わず腹の辺りを押さえた。
鈴の音を耳にする度、想い出す。
ちいさな頃に出会った、キツネのことを。
昔から今もずっと、何故か不思議なモノをよく見かけた。
霊感が強いというのか、両親には理解してもらえず、母方の祖母だけがわかってくれた、ただ不思議なモノが見えるだけの、要らない力。
その力で見てきた中でも、あれは今でもトップに君臨し続ける、不可思議な出来事だった。
『ゆき、やくそくだ』
鈴が、鳴る。
軽やかに、誇らし気に、優しく。
怪我をして弱っていた子ギツネが、ふわりと綺麗な顔で笑う。
人間に変身できるあやかしの、立派な耳と9尾に分かれたふわふわの尾が、風にそよいでいた。
気持ちが良さそうで、手を伸ばして触れた、温かい毛並みの手触りは今もこの手に残っているようだ。
くすぐったそうに笑った、子ギツネのまっすぐな眼差しが、眩しくて。
『おとなになったら、けっこんしよう』
『ぜったい、みつけるから』
『さがして、むかえにいくから』
約束、忘れないで。
忘れないでね。
ずっと、君だけを想ってる。
おれには君だけ、ゆきだけだよ。
一生を誓う、共に生きよう。
なんだかそんなような、随分と気障で大人っぽい言葉をたくさん、聞いたように想う。
当然、意味することがわからなくて、こんなに記憶も朧げで、わかっているのは綺麗な子ギツネと出会ったこと、立派な尾が9つもあったこと、その尾が温かくてふわふわしていたこと。
そして、子供なのにその眼差しの強さ。
『うん、わかった!まってるね』
なんにもわからないままに、あっさりと承諾して頷いた。
子ギツネがそれは嬉しそうに笑ったから、正解だったと安心した。
チリーーーン…
鈴が鳴る。
目の前に、キツネ色に澄んだ鈴がふたつ、翳された。
『やくそくのしるしだよ』
持っていて、ずっと。
ずっと、おれが見つけるまで。
忘れないように、他のあやかしに見つからないように、おまもりだよ。
これは、ふたつでひとつ。
ひとつずつ、持っていたらわかるから。
どこにいても、見つけるから。
鈴が、鳴る。
腹の辺りを押さえる。
キツネは、どこにも居ない、ただの夢だから。
息を吐いて、歩き出した。
2016.4.17(sun)23:13筆[ 2/8 ][*prev] [next#]
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