六,うさぎの登り坂(1)


 変わった子だなぁ。
 それが第一印象。
 きょどきょど、おどおど、でもリアクションは大きい。
 黒髪、小柄、ちょっと猫背、きちんとした制服の着方、眼鏡、で一見、目立たず冴えない雰囲気だけど。
 眼鏡の奥の瞳は、クルクルとよく動いて、周りの景色が物珍しくて仕方ないようだ。
 聞けば外部からの新入生だって、緊張してんのか元々ビビりなのか、表情がコロコロ変わる。

 面白そうな子。
 それが第二印象。
 今は緊張で焦ってるみたいだけど、その大元の気配を探ると、この子の本質は柔らかいと言うか、のほほんとしている。
 動物に好かれそうだねぇ。
 君に自覚あるのかないのか、恐らく、「あやかし」にも相当、好かれるタイプだろうね。
 現にすれ違う「あやかし」は皆、大物も小物もちょっと興味アリって目を向けてくる。

 この僕がそうはさせないけどね。
 講堂に向かいながら、此所へやって来た事情を聞き出す。
 「へぇ、じゃあ稲荷木君は寮には入らないんだー」
 「う、うん…特例って事で…」
 「そっかぁ、寮も一緒だったら楽しかっただろうなー。あ、でももしかして、稲荷木君って…あのおばあちゃんと関係あるの?いつも学食に野菜を届けに来てくれてた、地元の優しいおばあちゃんも、同じ苗字だったんだけど」
 「え、うっ、まさか、ばあちゃんのこと、知って…?!」

 眼鏡の奥の瞳がまんまるになる。
 アワアワしてる、頬が両方共、ぶわっと赤い。
 面白いなぁ。
 とっくに知ってる情報を、素知らぬ顔できょとんと尋ねる。
 「えっ、もしかして、お孫さん?」
 「う、うん…」
 豪快に笑う、稲荷木のおばあちゃんを想い出す。
 優しいおばあちゃん、皆、大好きだった。

 動物にも人にもあやかしにも分け隔てない、大らかで強くて。
 小柄な背中に山盛りの、丹精込めて育てた野菜を背負って、いつも届けに来てくれたっけ。
 おばあちゃんが急に旅立ったあの日、山は泣いたんだよ。
 山中が別れを惜しんだんだ。
 そのおばあちゃんに孫が居て、おばあちゃんしか身寄りがなく、一旦、この学校に来て貰うって狐狸さんに聞いた。
 今年唯一の外部生、稲荷木幸音。

 おばあちゃんの事を話しながら、僕は注意深く、彼の様子を探る。
 手掛かりは、「ゆき」。
 おばあちゃんと縁がある筈の、天使の様に可愛らしい人の子。
 齢(よわい)はそろそろ15、6。
 主の力の導きで、必ず近くまでやって来る筈。
 でも、ざーんねん!
 どんなに耳をそばだてても、狐狸さんの言う通り、何の音も聞こえない。
 主の音が聞こえない。

 結構ビンゴで、惜しい所までいってる気がするのになぁ。
 決定的な音が、何も聞こえないなんて。
 それに、天使ではないんだよねぇ。
 恋は盲目、記憶の美化、とか色々あるらしーけど?
 主の感じた手触りが、この子からは何も感じられない。
 音が聞こえない時点で即アウトなんだけど。
 おばあちゃんの豪快さについて、僕らも何かと躾けられたりお世話になったよってエピソードを話したら、また真っ赤になった、その顔はちょっと可愛らしい。

 何にせよ、「ゆき」に近いこの子が気になる。
 そこは狐狸さんに激しく同意だ。
 あやかしとして、この子のこの雰囲気は何か見逃せない。
 他愛のない話に切り替えながら、ポケットの中で文明の利器を操作する。
 何にせよ報告第一弾。
 『音は聞こえません。ただ、何か気に掛かる為、引き続き様子見します』
 あのおばあちゃんの孫ってだけで、友達になる理由は十分だからね。

 それにしても早く、「ゆき」を見つけないと。
 手遅れにならない内に、早く。
 ぎゅっと拳を握った、僕の気配の変化に気づいたのか、稲荷木君が首を傾げる。
 何でもないと笑い、見なくてもわかってる、新一年生のクラス発表を一緒に眺めた。
 存外、敏感そうだなぁ、リアクション大きいだけに。
 それが第三印象だった。



 2016.6.5(sun)23:36筆


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