伍
更にうづき君の熱弁は続く。
「そんな素晴らしい皆様方の頂点に立たれる、天狐様はとりわけ秀でた御方というわけでね!特に50代目に就任された、今の天狐様…とうかぎ君がさっきすれ違った御方は歴代でも類を見ない、唯一無二の天狐様と呼ばれていてー」
う?!
うづき君のキラキラした眼差しが、更に倍増しのキラキラになったぞ?!
頬は紅潮し、握り締めた両の拳は力強い。
だ、大丈夫か、この子!
熱あるんじゃね?!
「お名前は氷狐龍閃(ひょうこりゅう・せん)様、この学園で1番知っておくべきお名前だよ。天狐様とお呼びするのが一般的だけどね。生徒も先生方からも信奉が厚い、唯一無二の天狐様なんだ」
ひょうこりゅう、て。
すげぇ苗字だな、漢字ヤバそう。
中二病ってヤツ?
それともここが「あやかし」の巣窟だからか。
俺は既に、現実の世界から離れてしまっているのか。
この考え方自体がおかしーよな、既に。
俺こそゲームやり過ぎ、まんがの読み過ぎ。
そう自嘲しながら、気付かないフリをする。
せん。
重く響き渡る、名前の音を、必要以上に感じないように。
鈴の幻聴を、これ以上、耳にしないように。
キラキラしたまんまのうづき君は、熱っぽい視線を俺の後方に向ける。
もうかなり離れた位置にいる、相変わらず辺りから歓声を浴び続けている、遠目からでも凄まじいオーラある人影を、俺もつい、見てしまう。
見てしまってギクっとなって、ほっとした。
ちゃんと人型のままだ。
通り過ぎた一瞬の「あやかし」の印象が強いから、恐ろしい。
九尾の白狐だった、見間違えるわけがない。
白銀の長髪と九尾を、風のようにまとっていた。
氷のように冷たい双眸が、掘り深く整った顔立ちを、鮮やかに際立たせていた。
紅く光った瞳が、深い海の色に変わったのだって見えた。
まさに人外の、人では有り得無いうつくしさだった。
人型の時は、短い黒髪になるんだな。
いずれにせよ、周囲を切り離す冷たい美貌であることには変わりない。
――…ゆきー…――
あどけない、九尾の子ギツネの笑顔が浮かぶ。
同じ色、髪と耳と尾は白銀で、瞳の色は深い海色、怒れば紅く光った。
まさか、そんな。
いまだ熱弁しているうづき君に、失礼にならないように相槌を打ちながら、打ち消し続ける。
あどけなくて可愛らしい子ギツネだったんだ。
色が同じ、尾の数が同じ、たまたま白狐だっただけ。
似ても似つかない、全然違う。
俺も、な。
あの時とは違う。
狐なんて珍しくないんだよ、この辺の土地では。
現にすれ違う学生「あやかし」も、狐タイプが多い。
時間は過ぎてく。
いつまでも子供のままでは居られない。
俺は変わった。
ガキの頃の戯言なんて、現実にはならないに決まってる。
「おっとーついコーフンしちゃった!ごめんね、おれ、すごい憧れてるからさー。天狐様も他の皆様も、入学式で前に出てご挨拶されるから、よく見ておくと良いよ。とりあえず、行こっか。同じクラスだったら良いのにねー」
照れ笑いしたうづき君に、ほっとする。
「うん、ホントに。うづき君が一緒だったら心強いよ」
いや、ホントに。
少数派の人間として、どうやら学園に詳しい人(てーかもしかして結構ミーハーなファンなのか)が側にいてくれたら、どーにかやってけそうな気がする!!
「講堂はこっちだよー」って案内に従って、後に続きながら。
俺はまったく気付いていなかった。
冷たい双眸が、背中に注がれていたことに。
「――…閃様ぁ?どうなさいましたぁ?」
………チリーーーン………
風にそよいで、鈴が鳴る。
風にそよぐ、白銀の光に、下位のあやかしが驚いて散って行く。
「天狐様、入学式ですよ。新入生も居ます、ご自覚を。お姿改められて下さい」
………チリーーーン………
飴色の鈴が、軽やかに音を奏でる。
耳をそばだてる、どんな僅かな気配も見逃すまいと、紅く光る目を閉じる。
静かな、狐ヶ森の緑風が吹き抜けただけで、瞳を開けた時にはまた、人型に変化していた。
「……気の所為か……」
主の、低い呟きに側近達が首を傾げる。
「結界は万全ですぅ。閃様も我等も見逃しませんよぉ」
「ええ。それに、今年はひなたが居ますから」
鷹揚に頷きながら、「行くぞ」と歩き出す。
間違えない、絶対に。
今年こそ、この手に迎えてみせる。
「……待ち焦がれたぞ…ゆき………」と、微かで愛おしい憂いは森の中に吸い込まれ、心配そうな小動物達に守られた。
2016.5.8(sun)23:56筆[ 7/8 ][*prev] [next#]
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