更にうづき君の熱弁は続く。
 「そんな素晴らしい皆様方の頂点に立たれる、天狐様はとりわけ秀でた御方というわけでね!特に50代目に就任された、今の天狐様…とうかぎ君がさっきすれ違った御方は歴代でも類を見ない、唯一無二の天狐様と呼ばれていてー」
 う?!
 うづき君のキラキラした眼差しが、更に倍増しのキラキラになったぞ?!
 頬は紅潮し、握り締めた両の拳は力強い。
 だ、大丈夫か、この子!
 熱あるんじゃね?!

 「お名前は氷狐龍閃(ひょうこりゅう・せん)様、この学園で1番知っておくべきお名前だよ。天狐様とお呼びするのが一般的だけどね。生徒も先生方からも信奉が厚い、唯一無二の天狐様なんだ」

 ひょうこりゅう、て。
 すげぇ苗字だな、漢字ヤバそう。
 中二病ってヤツ?
 それともここが「あやかし」の巣窟だからか。
 俺は既に、現実の世界から離れてしまっているのか。
 この考え方自体がおかしーよな、既に。
 俺こそゲームやり過ぎ、まんがの読み過ぎ。
 そう自嘲しながら、気付かないフリをする。

 せん。

 重く響き渡る、名前の音を、必要以上に感じないように。
 鈴の幻聴を、これ以上、耳にしないように。

 キラキラしたまんまのうづき君は、熱っぽい視線を俺の後方に向ける。
 もうかなり離れた位置にいる、相変わらず辺りから歓声を浴び続けている、遠目からでも凄まじいオーラある人影を、俺もつい、見てしまう。
 見てしまってギクっとなって、ほっとした。
 ちゃんと人型のままだ。
 通り過ぎた一瞬の「あやかし」の印象が強いから、恐ろしい。
 
 九尾の白狐だった、見間違えるわけがない。
 白銀の長髪と九尾を、風のようにまとっていた。
 氷のように冷たい双眸が、掘り深く整った顔立ちを、鮮やかに際立たせていた。
 紅く光った瞳が、深い海の色に変わったのだって見えた。
 まさに人外の、人では有り得無いうつくしさだった。
 人型の時は、短い黒髪になるんだな。
 いずれにせよ、周囲を切り離す冷たい美貌であることには変わりない。

 ――…ゆきー…――

 あどけない、九尾の子ギツネの笑顔が浮かぶ。
 同じ色、髪と耳と尾は白銀で、瞳の色は深い海色、怒れば紅く光った。
 まさか、そんな。
 いまだ熱弁しているうづき君に、失礼にならないように相槌を打ちながら、打ち消し続ける。
 あどけなくて可愛らしい子ギツネだったんだ。
 色が同じ、尾の数が同じ、たまたま白狐だっただけ。
 似ても似つかない、全然違う。

 俺も、な。
 あの時とは違う。
 狐なんて珍しくないんだよ、この辺の土地では。
 現にすれ違う学生「あやかし」も、狐タイプが多い。
 時間は過ぎてく。
 いつまでも子供のままでは居られない。
 俺は変わった。
 ガキの頃の戯言なんて、現実にはならないに決まってる。

 「おっとーついコーフンしちゃった!ごめんね、おれ、すごい憧れてるからさー。天狐様も他の皆様も、入学式で前に出てご挨拶されるから、よく見ておくと良いよ。とりあえず、行こっか。同じクラスだったら良いのにねー」
 照れ笑いしたうづき君に、ほっとする。
 「うん、ホントに。うづき君が一緒だったら心強いよ」
 いや、ホントに。
 少数派の人間として、どうやら学園に詳しい人(てーかもしかして結構ミーハーなファンなのか)が側にいてくれたら、どーにかやってけそうな気がする!!

 「講堂はこっちだよー」って案内に従って、後に続きながら。
 俺はまったく気付いていなかった。
 冷たい双眸が、背中に注がれていたことに。



 「――…閃様ぁ?どうなさいましたぁ?」
 ………チリーーーン………
 風にそよいで、鈴が鳴る。
 風にそよぐ、白銀の光に、下位のあやかしが驚いて散って行く。
 「天狐様、入学式ですよ。新入生も居ます、ご自覚を。お姿改められて下さい」
 ………チリーーーン………
 飴色の鈴が、軽やかに音を奏でる。
 耳をそばだてる、どんな僅かな気配も見逃すまいと、紅く光る目を閉じる。

 静かな、狐ヶ森の緑風が吹き抜けただけで、瞳を開けた時にはまた、人型に変化していた。
 「……気の所為か……」
 主の、低い呟きに側近達が首を傾げる。
 「結界は万全ですぅ。閃様も我等も見逃しませんよぉ」
 「ええ。それに、今年はひなたが居ますから」
 鷹揚に頷きながら、「行くぞ」と歩き出す。
 
 間違えない、絶対に。
 今年こそ、この手に迎えてみせる。
 「……待ち焦がれたぞ…ゆき………」と、微かで愛おしい憂いは森の中に吸い込まれ、心配そうな小動物達に守られた。



 2016.5.8(sun)23:56筆


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