32


 最初に声をかけてくれたのは、一成だったと想う。
 俺が家を抜け出すようになって、数回目の夜だった。


 「ソッチ行ったら危ないよ〜?どこから来たの〜?どこへ行くの〜?」


 確か、そんな言葉だった。
 夜目にも鮮やかな、銀色がかった長めの髪を無造作に結んだ、すこしたれ目がちなのに知的な眼差しで、蒼いカラーコンタクト、鋭い光を宿した瞳が、とても印象的だった。


 「どした、迷子か〜?道わかんねーなら教えてやるぞ」


 一成の隣にいたのが、仁だった。
 まるで一成と対になっているように、金色がかった短めの髪、赤茶色のカラーコンタクト、愛嬌あるくりっとした瞳ながら、勇ましい表情が男らしくて、鮮やかな存在感だった。
 
 着崩した制服(今想えば、あの制服はここの中等部のものだったのかな…)に、じゃらりとついたゴツいアクセサリー、いくつも空いたピアス。
 2人共、当時から身長が高くて、一見すると強面で…
 触れたら斬られそうな気迫、見れば見るほど整った顔立ちの効果もあって、安易に近寄れない雰囲気を有していた。
 けれど、俺に話しかけてくれた。
 その、ゆるゆるとした口調が、なんだか安心できて。
 
 言い知れない日々の不安から、衝動のままに夜を彷徨っていた。
 ほんとうなら寝ている時間、母さんや十八さんが俺は家にいるものだと信じている時間、外にいることは、俺の自尊心を満たしてくれた。
 無目的に夜の世界を、ただ、泳ぐ。
 見るものすべてが、目新しい。
 すれ違う、夜の世界の住人さんたちが、眩しい。
 ちょっとコンビニに入るだけで、ものすごい冒険をしている気になっていた。
 大人になれたような、安い自立心まで生まれた。

 それでも、どこかで、怖かったんだろう。

 仁と一成が声をかけてくれた、その瞬間、泣きそうに安心している自分がいた。
 夜の住人の2人が、俺の存在を目に入れてくれた。
 ただの気まぐれでも、すこしでも心配して声をかけてくれた。
 知り合いなんかどこにもいない世界、たったひとりきりの世界は、居心地が良くて、でも、寂しくて。
 声をかけてくれた2人に、どれだけ嬉しかったか、安心したか…

 その夜をきっかけに、家を抜け出す度、2人と会って言葉を交わすようになった。
 すこしずつ、すこしずつ、時間をかけて、ささやかなことからお互いのことを知っていった。
 仲良くなってから、仁と一成が不良さんチームのトップさんだということを知った。
 そして、2人の仲間が集まる「秘密基地」へ連れて行ってもらって、仲間さんたちとも交流を深めていった。
 皆、揃いも揃って、ちゃんとごはんを食べないという子ばっかりだったから、俺の夢の修行も兼ねさせてもらって、皆でよくごはんを食べたっけ。
 なぜだか中学生時代は、学校でも夜の世界でも「お母さん」と呼ばれたっけ…
 俺、そんなに主婦っぽいかなぁ…

 そうこうしている内に、中学3年生に進級し、受験先をどうするかでてんやわんや!
 十八学園へ進路を定めてからは、必死の受験勉強の日々に突入!
 この頃から、十八さんが頻繁に我が家へ来られたり、俺たちも十八さんのお家へお邪魔したり、引っ越ししたりで…
 夜は外出を控えるようになってしまった。
 もちろん、皆とはメールや電話で連絡を取り合い続け、会える時は会っていたけれど、入学が決まってからまたてんやわんや!
 そうしてなかなか会えないまま、入学となってしまったんだ。

 想い出に浸りつつ、十八さんのことはまだ誰にも話せない…話していいものか判断できかねるから、「母の再婚の兼ね合いで」とぼかしつつ、短く語った。

 「――…そんなこんなで、お互い、どこの学校とか年齢など、履歴書チックな情報を把握しておらず…まさか、2人がこちらに在籍しているとは想ってもみなかったので、驚きと久しぶりの再会についはしゃいでしまった次第です。改めまして、騒いですみませんでした」
 頭を下げた瞬間、一成に抱きつかれ止められた。
 「はるるは謝んなくてい〜し〜俺らもまさか、はるるが今年の外部生なんて想ってもみないから〜超!うれしすぎてハイだわ、マジ。そんなワケですので、ミキティ含むてめぇら、騒いじゃってごめんねぇ〜…?」
 「確かに公共の場で目立つマネした俺らが悪かった。スマン。だからはるとを責めんじゃねーぞ…?」

 おお!
 相変わらず、潔いな、2人共…
 「お母さん」とあだ名される俺としては、ほのぼのする…
 ほのぼのするけど、美山さんや皆さんのお顔が、引きつっていらっしゃるような…?
 気のせいかな、建物の裏手だから、あんまり日が差してないし、陰になってるだけかも?
 というか、仁と一成の表情も、笑ってるけどなんか険しいなぁ…2人共、初対面は人見知りするって言ってたからなぁ。



 2010-07-17 23:09筆


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