31.お母さんの告白


 3人で笑っていたら、不穏な舌打ちが聞こえた。
 それから、また強く腕を引かれた。
 あ、美山さん…!
 そうだ、いきなり俺が先輩である2人に馴れ馴れしく声をかけ、笑って接してもらえて、こんなの美山さんやクラスの皆さまから見たら変だよね…
 ちゃんと話さなくちゃ。

 「ちょ〜っとミキティ…?はるるの腕、そんな引っ張んないでくれる〜?もげちゃったらどうしてくれんの…?つか、気安く触んじゃねぇよ…」
 「赤狼、まさか俺らに歯向かう気か〜?俺が笑ってる内に手ぇ離しとけや。てめぇにはどんなタマもねぇだろ…?」
 「…アンタらこそ、前とどんな関係か知んねーけど、覚悟あんのかってさっきから聞いてんだよ…てめぇの立場もわかんねー先輩方だったんスか…?」
 「ふぅん…?そーちょー、どーしちゃいましょ〜コイツ」
 「くっく…面白ぇなぁ、赤狼…陸揚げされた魚みてーだったお前が急に人間へ進化したのか?」
 「あぁ…?んだと、コラ」
 「あはは!ヤんならかかってきなさ〜い!」
 「面白ぇなぁ…上等だ」

 はい、では、深呼吸して〜!


 「いけません!!」


 「「痛ったた……!ひでぇ…本日2回目デコピン…!!」」
 「仁!一成!いつまでも昭和の不良みたいなことを言わないっ!人をそんなにも睨んではいけません!!」
 「「昭和の不良…!!ひでぇ…」」
 「美山さん!!」
 「………ハイ」
 「美山さんが質問してくださったのに、お答えしなくてすみませんでした。先輩に対して外部生の俺が気安く接していたら、誰だって不思議に想って当然です。それを、久しぶりの再会に浮かれるまま、何の説明もせずにすみませんでした。皆さまも、お騒がせしてすみませんでした」

 いつしか、クラスメイトさんだけではなく、道行く生徒さんたちの視線も集めていた。
 夜でも目立つ仁と一成の存在は、やっぱりこの学校でも目立つものなんだろう。
 それに、お昼前とはいえ、生徒さんの往来が多い場所だ。
 丁重に周りに頭を下げてから、美山さんとクラスメイトさんたちに視線を向けた。
 「ここではアレですから、どこか場所を変えてお話しさせて頂けませんか。仁と一成はどうする?後で連絡しようか」
 「「俺らも行く〜一緒に説明したほうが早い」」



 食堂の裏手は人通りが少ないそうで、移動して、仁と一成と知り合った経緯を皆さんにお話した。
 「2人に会ったのは、2年前ぐらいで…俺がやんちゃな気持ちになっていた頃、夜の街で知り合ったんです」
 「「「やんちゃな気持ち…?」」」
 「…まさかフラグ立ちまくり萌えぇ…!」
 懐かしいなぁ…まだ2年前のことなんだなぁ…

 母さんが十八さんを紹介してくれた時期のこと、だ。

 母さんが俺に会わせたいと想った人、たくさんの人と接して来た母さんが選んだ人なんだから、大丈夫だって。
 初めて会った時も、その後も、十八さんがすごくいい人なのは、俺にもよくわかった。
 何度も会う内に、このまま3人で平穏に暮らす日々も遠くないだろうって、容易に想像できた。
 でも、わかったからって、すぐに受け入れられるものではなかった。
 そして俺は、中学2年生に進級しようとしていた、様々なことが不安でモヤモヤしていた頃。

 反抗したいわけじゃなかった。
 誰かの存在を、責めたかったわけじゃない。
 自己主張したかったわけでもない。
 ただ、自分の世界を、家と学校だけにとどめたくなかった。
 母さんや十八さんが知らない、俺だけの世界を作りたかった。
 家庭や学校だけじゃない、自分が存在していい場所を、なるべくたくさん持っていたかったのだ。

 それと、ほんのすこしの、好奇心だ。
 母さんは仕事柄、夜中、家を空ける。
 十八さんはずいぶん仲良くなってから、家に1人で留守番している俺を心配して、泊まりに来ることもあった。
 けれど、十八さんも忙しい方だから、それはごく限られたこと。
 
 だから、俺が夜、家を出るチャンスはいくらでもあった。

 夜の世界は、未知の世界。
 明らかに昼間とは違う、どこか危険な香りさえ漂う世界。
 それは、子供の俺から見たら、とてつもなく魅力的だった。
 母さんが帰って来るまでの、自由時間。
 大人たちが知らない、俺だけの世界、時間。
 きらびやかな街を漂うだけで、モヤモヤした気持ちを忘れ、どこか高揚することができた。
 ちょっぴり悪いことをしている、そんな自覚は、とても甘美だった。
 
 ともすれば、俺は深みにハマって行ったかも知れない。
 けれど、危険なことには極力関わらず、温い位置で夜を楽しみ満喫できた。
 それは、仁と一成たちに出会ったお陰だった。



 2010-07-16 23:19筆


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