27.お母さん、萌えの標的になる


 気づけばいつの間にか、HR終了のチャイムが鳴っていたらしい。
 廊下から漂って来る、複数の生徒さんの話し声、挨拶の声、歩く気配に先生ははっと我に返られた。

 「ぅおっと、俺様としたことが…!だが、悔いはないぜ、前…お前とはまた熱く語り合いたいものだ」
 「はい!業田先生、これから1年間よろしくお願い致します」
 「あぁ。じゃー皆、悪かったな〜つい熱くなっちまったが、てめーらも前から神漫画を借りたら、俺達の気持ちがよくわかると想うぜ…その時が来たら、食わず嫌いしないで1度は手に取ってみるよーに!俺からは以上だ。他に質問あるヤツはいねーか?」
 教壇へ戻られた先生が、ぐるりと教室内を見渡した。
 …その様子を見て、俺は、教卓が空き地のドラム缶に見えてしまって、笑いを堪える為にちいさく咳払いしたのであった。

 「よし、誰もいないな…あ?一舎(ひとつや)、何だ?」
 「センセー!学園には珍しい外部生の平凡教え子と、漫画をネタに育む、禁断の、」
 「はい、じゃー解散!!お疲れ〜また週明けな!」
 ええっ…
 なにかを言いかけておられた、ひとつやさんを、先生は言葉半ばでキレイにスルー!
 そしてそれを、クラスの皆さま、どなたさまも気になさらない…!
 ひとつやさん自身も、あまり気にしておられない…?!
 先生はテキパキと荷物をまとめて、テキパキと前の扉から退出されてしまった。
 クラスの皆さまも、顔見知りさん同士で声をかけあい、これからよろしくと雑談に興じていらっしゃる。
 
 いいのだろうか…?
 不思議なテンポに、俺はひとり、首を傾げていたら。
 隣の席が、がたっと音を立てた。
 「帰んぞ、前」
 美山さんだった。
 帰りもご一緒してくださるんだ…!
 ありがたい!!
 実際、俺は寮への帰路はもちろん、先程の講堂への行き方すら、ちんぷんかんぶんだ。
 よく気がつく親切な同室者さんで、ほんとう、よかったなぁ…
 頷いて、渡された封筒を手に、立ち上がったら。

 「え〜前、もう帰っちゃうのー?」
 反対側の隣、おとなりさんから声をかけられた。
 前の席のあいはらさんも、ちらちらっとこちらを窺っていらっしゃるような…?
 「てめーらには関係ないだろうが…コイツをてめーらのゴタゴタに巻き込もうとしてんじゃねーよ…」
 んん?!
 美山さんの眉間のシワが、とてつもなく深い!
 それに対して、ぴくっと、おとなりさんとあいはらさんが反応なさっている!
 
 「美山こそ、前を巻き込もうとしてんじゃーん」
 「お言葉ですが、美山様だって同類ではありませんか?」
 「…てめーら…」
 う?!
 おとなりさんとあいはらさんは、ニコニコ笑っていらっしゃるのに対し、美山さんの眉間のシワはどんどん深くなるばかり。
 どちらにしろ、なんだか重苦しい空気が、急にこの一帯にだけ立ちこめて来たような。
 どうなさったのだろう、御三方共…
 はてさて、どうしたものか…

 「…ナニ、コレ…ナニコレナニコレ…!!キタ……ついにキタ……待つ事3年、満を持して華々しい時代がキタ……」
 
 えっ?
 突如、背後から聞こえた涼やかな声に、想わず振り向いたら。



 「萌えええぇぇぇっ―――…!!!!!」



 う?!
 も?
 もえ…???
 
 背後に、発熱したかの如く赤い顔をしてのけぞり絶叫する、ひとつやさんがいらっしゃったのであった。



 2010-07-11 21:32筆


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