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 そんなバカな…!
 俄には信じ難い言葉に、俺は目を白黒させ、嘘ですよね?という期待をこめて先生を見つめた。
 しかし。
 期待は愚か也。
 先生はじっと俺の眼差しを受け止め、真摯な硬い表情のまま、黙って静かに首を振られた。
 嘘じゃない、と。
 言葉よりも雄弁なその表情と仕草に、俺は足元が崩れ落ち、天井と床が身体ごと反転したような感覚を味わった。

 カルチャーショック…!!

 これぞまさに、カルチャーショック!!

 ここは確かに俺が生まれ育った、日本というちいさな島国の中である筈なのに!
 外から1歩踏みこんだだけで異国情緒漂う広大な学校、ここはやはり異国であったようだ。
 なんというパラドックス…!!

 いや、俺の中学時代に至るまでだって、いろいろな人たち…老若男女問わずいろいろな人たちがいらっしゃった。
 15年の人生にも、いろいろな出会いがあった。
 漫画を好まない御方もいらっしゃれば、好む御方もいらっしゃる、そもそも興味がない御方だっていらっしゃる。
 それは当然のことだ。
 個人の環境の中で形成されていく、単なる好みの問題だ。
 俺が好きだからって、なにからなにまで他者と共有したいとは、もちろん想わない。
 話が合えば楽しい。
 話が違えば、そこにも楽しみはある。

 だが、しかし…!!
 あの国民的ヒーローとも呼べる、青いお猫ロボットさまを、これっぽっちも介していない人ばかりが、ひとつの場所に集合しているだなんて…!!
 ある意味、奇跡?!
 いや、「神漫画を知らない」状態が、皆さまにとっては普通のことなのだから、俺や業田先生が異国人?!
 すごい…!!
 十八さんの学校って、ほんとうにすごい!!
 すごいけれど、でも…!!

 「ほ、ほんとうに…?ほんとうに皆さま、あの漫画を御存知ないのでしょうか…?ほんのすこしも?動植物に触れ、生きものの温かさを知ったり、便利と不便利の狭間でさまざまな冒険を体験したり、毎日会う友だちの中で、自分の得手不得手を知ったり、泣いたり笑ったり怒ったり、短くて長い子供時間を目いっぱいに描ききった、あの作品を、あのキャラクターたちを、皆さまはすこしも御存知ないのでしょうか…?」

 やっぱりなんだか、信じられないんです! 

 「前、カルチャーショックなのはわかるがな…これがこの学園の揺るぎない現実だ。生徒は無論、教職陣も漫画は一切介さない。
 …おい、一舎(ひとつや)、もしかしてお前は知ってんじゃないのか?」
 ん?
 先生が不意にお声をかけた生徒さんのお名前。
 視線をたどると、窓側の後方に座っておられた、長いココア色の髪がとっても似合う、とってもキレイで上品な御方が、すこし気怠そうに振り向かれた。

 「センセイ、俺に振らないでクダサイナ〜あのネ〜俺が萌えてるのはあくまでBoy's Loveなワケ。おわかり?俺は別に、アニヲタでも漫画ヲタでもないワケ。しかも、この学園限定的にミミッチイ趣味なワケデスヨ。なんでもかんでも一緒くたに考えないでクダサイナ〜」

 わぁ、声も澄んでてキレイだ…!
 不思議な話し方が、澄んだ声でよく通る。
 教室中がざわざわっと揺れた。
 「はっ、俺にてめーの趣味の理解を求めんなっつーの。じゃーバスケ部の音成はどうなんだ?せめて『ス●●ン』ぐらいは知ってんだろ?」
 おおっ?
 今度はおとなりさんだ。
 俺の隣のおとなりさんは、にこにこ笑いながら、はっきりと元気よく発言なさった。

 「俺、漫画読まないでっす!」

 えええええ…!!
 先生は、俺に視線を合わせて、わかったか?と確認をなさった。
 「変わった趣味の一舎も、バスケ部の音成でさえも知らねーんだ…後は聞いてみなくてもわかる。そもそも全員、俺とお前の会話に首を傾げてばっかりだろう…?ここはな、前、そういう世界なんだよ…だから俺は、お前に出会えてマジで嬉しいんだぜ…?やっと一般的な感覚の生徒が俺の担当に…!」
 
 なんという世界でしょう…!! 
 「先生…!」
 「どうした、心の友よ…」


 「もうすこしクラスが落ち着いて、新学期に慣れてから、推薦学級図書として、俺の『ドラ●●ん』と『ス●●ン』を貸し出してもよろしいでしょうか…!是非是非、是非とも!!皆さまに一読願いたいと…もちろん、一切押しつけませんがっ、気が向いたら手に取って頂いて、お好みに合うようでしたら、読み進めて頂くかんじで…
 なにせ、日本の漫画はもはや世界に認識して頂いている、ひとつの立派な文化です!卒業後、国際的に活躍なさる御方も、この学校にはたくさんいらっしゃいますよね?!そんな折りに各国の方と楽しくお話しできる、誇れる文化の漫画を知っていることは、皆さんの強みになると想うんです…!
 なんでしたら、『ジ●リ』DVDも貸し出します!!
 無論、授業に支障の出ないように、放課後限定で対応致します!!俺の自室にて読書会や鑑賞会の催し等も、実現可能であれば、個人的に検討したいと想います!」


 はーはー、肩で息をしながら。

 やってしまった…!

 でも、悔いはありません。
 これっぽっちもあるもんですか!
 先生は、息巻いた俺を、温かく見つめてくれて、うんうんと頷いてくださった。
 「前…俺も、神漫画の貸し出しの享受に預かれるかな?」
 「もちろんですよ!俺、『ドラ●●ん』は映画の原作も制覇してますから!」
 「な、何ぃっ…?!じゃあ、あの鉄人モノも風の子もわんにゃんもあるっていうのか…?!」
 「もちろんですとも…!!」
 「なんと…!!」
 「『クレ●●』の戦国ものDVDもありますよ!」
 「な、なんと…!!あの号泣作品までも?!」
 「はい!」
 「前……お前はマジで心の友だ…!!」
 
 ジャイ●ン先生…!!

 って、お返事したほうがいいのかな…?

 そんなことを想いつつ、クラスの皆さまにお騒がせしてしまったことを謝り、丁重に一礼して着席した。
 教室内は、ざわざわっとした雰囲気のままで。
 でも、どなたさまも皆さんそれぞれの会話をなさっているご様子、怒っている雰囲気じゃなかったので、ほっとした。
 おとなりさんは、うひゃうひゃ笑っていらっしゃる。
 美山さんは、「どら………?」と呟いていらっしゃる。
 あいはらさんは、「別に見たくないけど、どうしても貸してくれるっつーんなら見てあげてもいいんだからねっ」と肩ごしに言って、素早く前を向かれた。

 俺は笑って、皆さんと好きなものを共有できたら、また、皆さんが好きなものも教えて頂けたら、たのしいだろうなぁと想っていた。



 2010-07-10 23:10筆


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