25.歌舞伎町でアゲアゲ↑


 しぃぃぃ―――ん

 見事に、静まり返った、教室内。
 凍てついた永久凍土の世界は、きっとこんなかんじではないだろうか。
 あまりにも、静かだ。
 どなたさまも、動かない。
 隣のクラスから、HRの喧噪が聞こえる。
 換気された窓から、お昼前ののどかな外界の音…小鳥がさえずり合う声、羽ばたき、草木が葉を揺らす音が聞こえる。

 静か、だ。

 どうしよう。

 どうしよう…!!

 俺ったら、校外学習が2年までないこと、遠足や校内散策が行事に組み込まれていないことにショック過ぎて、つい…
 つい、テンパるあまり、1番聞きたかったことを聞いてしまった!
 先生ともっと親しくなってから、こっそりと聞くべきことだったのに!!
 どうしよう…
 クラス中を凍らせてしまって…
 せっかく平和にHRが終わりそうだったのに!!
 俺のせいで…!!
 激しい悔悟に苛まれる中、どうやってこの場を乗りきるべきか、ぐるぐる回る頭で考えていたら。

 先生が、それはもう至極真面目なお顔で、俺の席の側へ、ゆっくりと大股で近づいて来られて。

 叱られる…!!
 謝ろう…!!
 そう想って、口を開こうとした瞬間。


 「前………、お前まさか、『●●えもん』を知ってるのか……?」


 予想外の質問は、けれども、大層勇気を振り絞られたように、真剣で必死な口調で告げられた。
 先生の言葉に、クラス中が解凍され、そこかしこで「●●えもん…?」っていう疑問符が飛び交っている。
 俺も、先生につられて。
 緊張で強張った、しかし、先生の真剣さに匹敵するほどに、真剣な声を紡いだ。

 「ええ、勿論存じておりますとも…あの作品は、俺の中で無人島に持って行くなら1番に持って行きたい漫画ですから…やはり、先生のお名前は主要登場人物の中枢、乱暴でワガママで無邪気、でも寂しがりやで情に厚く、いざとなったら頼られることも多い彼と、ご関係があるのでしょうか…?」

 俺の言葉を、聞き終えた、後。
 先生は、くわっと目を開き。
 俺の両肩をがしいっと、掴まれた。


 「心の友よ…!!」


 えっ…?!
 ええっ…?!
 お、俺は、ちなみに、彼(か)の作品とはなんにも関係がない、ただの前陽大なんですけれども…!
 動揺しながら、先生の瞳を見返したら、ウルウルと潤んでおられたものだから、俺は更に衝撃を受けた。
 この涙脆いご様子!
 やはり、「彼」に関係がある証拠なのだろうか…!!

 「まさか…まさか、この学園にあの神漫画を理解している生徒が居るとは…!!そして、ソイツが計らずとも俺のクラスに在籍し、こうして相見える事になろうとは…!!おぉ、神よ…!!俺はどれ程にどら焼きを捧げたら、この奇跡に報いる事が可能なのでしょうかっ…!!」

 ん…?!
 気になる言葉が、聞こえた。
 聞き流せない言葉だった。
 「ご、業田先生…?」
 「何だ、心の友よ…!」
 「あ、あのぅ…『この学園にあの神漫画を理解している生徒がいるとは』と、仰られましたよね…?」
 俺の疑問に、感動に打ち震えておられた先生は、おもむろに素顔に戻られた。
 「あぁ、言った…言ったさ…言ったとも………。前、よく聞け。この恐ろしい学園の実体を…俺が耐え忍んで来た過酷な現実を…」

 恐ろしい学園の実体!?


 「この学園のお坊ちゃん共はなぁ…漫画は愚か、TVアニメなんざも一切観ねーんだ…そりゃ勿論、俺だって名作以外の大概の作品は下らんと想ってるさ…率先して見るべき優れた作品は数少ないものだ。どんなもの、どんな世界においてもな。
 まがりなりにも俺ぁ大人だ、教職に就いてるれっきとした社会人だから尚更、今は子供の世界から離れて久しいぜ?
 しかしだな、恐ろしい事に、彼等はあの『●●えもん』という、国民的神漫画の存在までも知らねぇんだ…!!これがどんなに恐ろしい事か、お前にはわかるか?!」


 なんですって…!!



 2010-07-09 22:49筆



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