141.手をつなごう


 さわさわと風が吹く。
 風が吹く度に揺らめき落ちる花びらを、ただ見つめる。
 気持ちのいい天気だ。
 春だなあって、嬉しく目を細める。
 んー?って隣から、まだ眠たそうな唸りが聞こえた。
 肩にあった重みと温もりがかすかに動き、視線を向ける。
 「なにニコニコしてんの」
 寝起きの掠れた声が耳をくすぐった。

 なんでもないとかぶりを振ると、伸びてきた長い指が、いつかと同じようで同じじゃない、 いたずらに頬に触れて離れていく。
 さっき食べたお弁当は、いつかと同じメニュー。
 こうしてベンチに並んで桜を見ながら、お弁当を食べて、暖かさに負けてお昼寝して。
 続いていく時間が嬉しくて、少しだけ怖い。
 まだ信じられなくて、信じたいのに、いつまでも不安だなんて。
 きっと、不安が完全に消えることなんてないのだろう。
 次から次へと新しい悩みは生まれるのだろう。
 
 ただ、大事に握りしめるるのは、この不安じゃない。
 幸せだと想うこと、幸せなひとときを大事にする。
 信じるのはこの温かい時間と、この手の温もり。
 繋いだままの手を、じっと見つめる。
 「ん?なに」
 優しい問いかけに、顔を上げた。
 さっきまでうたた寝を楽しんでいた瞳は、もうキラキラと光を取り戻し、穏やかな眼差しを向けてくれている。

 言葉にならなくて、笑った。
 さあっと緩やかな風が通り過ぎて、緑の匂いを残していく。
 こんなふうに優しく瞳に映してくれることも。
 一緒にお腹が満たされたことも。
 こうしてここにいることも。
 温かい手の平の体温も、全部、伝えられない。
 伝えようがない幸せで、笑うだけで精一杯だった。
 言葉は返ってこず、同じように笑いかけられて、更に頬が緩んだ。

 『――ね、陽大。
 人生、笑ったもの勝ち、楽しんだもの勝ち!
 笑う門には、福来たる!だよ』
 父さんの笑顔がよぎる。
 心の内で頷いて、これからも笑顔でいようと誓った。

 桜の隙間から零れる日差しを見上げる。 
 見るものすべてが光り輝いて見える、春が好きだ。
 どの季節も大好きだけれど、やっぱり、出逢えた季節が印象深い。
 目を閉じると、いろいろな出来事が浮かんで、大切じゃない想い出はひとつもなくて。
 ちいさく息を吐く。
 「…ずっと…」
 「ん?」
 ずっと、一緒?
 うん、一緒にいよう。
 笑顔を交わして、より強く手を握り合った。

 「ワンワン!わふっ」
 「「はいはい。そろそろ帰ろっか」」
 帰り支度を始める広い背中に、なにげなく呼びかけた。
 振り返るきょとんとした顔に、こっそり告げる。
 何度でも言い足りない言葉を、何度でも。
 これからも、ずっと、ずっと。
 赤くなった頬を隠すように歩き出すと、繋いだままの手を引かれて、隣に並んだ。
 耳に届いた言葉は気の所為じゃなくて、ほんとうのこと。
 
 「今日はカレーですよ」
 「マジでー?やったー」
 「ワフワフ!」
 大好きです。
 ありがとう、愛してるよ。
 散らない想いは、胸の中にいつまでも温かく灯り続けている。 



 2014.11.8(sat)22:24筆


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