139.孤独な狼ちゃんの心の中(最終話)


 「大丈夫かよ」

 最初は行儀よく始まった会も、すぐに怒濤の酒盛りと化した。
 卒業生や在校生は勿論、OBやら先生の一部やら父兄やら、その関係者の友人知人やら何やら上も下もなく、入り乱れての宴会だ。
 笑ってないヤツは居ない。
 美味い酒とメシがふんだんに振る舞われ、未成年どうこうは古き良き時代が如く目をつぶって許された。
 無茶をするガキも大人も同等にたしなめられはしたが。
 あちこちで笑いが起きて、いつ終わると知れないにぎやかな話し声はどこか心地良い。

 こんな大人数で集ってんのに不快じゃねぇとか、最後まで居るつもりで輪に交ざってる自分が不思議だ。
 昔の俺なら、さっさと抜け出してたものを。
 いや、そもそも参加してねぇし、声も掛けられてねぇだろうな。
 我ながら変だ。
 武士道で集るのとはまた違う、そうそうたるメンツの中、妙に居心地が良い。
 気安く話しかけられ、気安く返し、乾杯を繰り返す。
 人と人の繋がりを目の当たりにする、縁を感じる。
 誰かは誰かの知り合いで、誰かは誰かの大事な人間で。

 世間は狭ぇんだな。
 意外な所で間接的に知り合って、こうして顔を合わせたりする。
 過ぎ去った昔の話を共有し、次にふいに顔を合わせた時にまた声を掛け合う。
 ベタベタしない距離感と、会った時の気安さがラクだ。
 そうだ、いつの間にかラクに呼吸できる様になってた。
 この1年程で随分、イラつく事も減った。
 何でだと、考えるまでもない。
 恐ろしく早い1年だった、けどいつより濃い1年だった。
 輪の中心を見るともなく見る。

 去年より大人びて見える、卒業生もOBも急に男になっていく。
 クソくだらねぇとバカにしてた、興味ないフリして目を背けていたが、来年は俺の番だ。
 奴らに敵う気はしねぇが、それも良い。
 敵う敵わねぇとか、勝ち負けとかもうどうでも良い。
 俺は俺で、そろそろ行く末を決めないとな。
 いくらでも変更の効く、長い人生ってやつを、大した自由もねぇしどうにもなんねぇ事もあるけど、想いっきり笑ってるあんたみてぇに、俺の道を見つけたい。
 ふと視界にちっこい姿が映った。
 水の入ったグラスを手にして、笑顔を浮かべたまま息を吐いている。

 声を掛けると、すぐに無理のない笑顔が返ってきた。
 「美山さん、ありがとうございますー!ちょっと笑い過ぎて、火照っちゃったので…ひとやすみです。大丈夫ですとも!今日はオールの覚悟でたっぷり夕寝して来ましたから!」
 「お、おぅ…(22時限界ってとこか…)ま、無理すんなよ」
 「無理などしておりませんともー!なんなら武士道2次会まで行きますよ!」
 「あー…いや、仁サンも一成サンもソレはソレで後日仕切り直すってよ。3大勢力バージョンと新旧3大勢力バージョンと武士道バージョンと、3日連続っつってたか。前には弁当メニュー作って欲しいって」
 「なんと!最後のお弁当ってやつですね?しょうがない子たちですねぇ。タコさんと卵焼きとおにぎりと、唐揚げやはるとボールも要りますかねぇ」

 ふわふわ笑ってメニューを指折り数え上げられ、散々食ったクセに腹が鳴りそうになった。
 すっかり前の料理に馴染んだな。
 どんな豪勢な料理も、こいつの手料理に比べれば味気ない。
 後1年は味わえると安堵しつつ、伏し目がちに輪の中心に視線を向ける横顔に気付いた。
 ちょっとだけ目ぇ赤いのは仕方ないが。
 「…大丈夫かよ」
 「え?もー美山さんもすっかり武士道メンバーですねぇ!皆と一緒の心配性さん!大丈夫ですってば、全然眠くないですもの」
 「いや、そーじゃない。なんつーか、」
 
 言いかけた言葉は、いきなり前の背後から伸びて来た腕を見て消えた。
 「み・や・ま・く・ん?陽大を苛めんの止めてねーハム会は見過ごさねえよ?」
 「柾先輩ったら、そんな悪いお顔しないの!め!美山さんはご親切にも、俺がこんな夜更けまで起きてて大丈夫かとご心配してくださっているんです。武士道はみーんな心配性ですからね」
 「そっかー(もう20時だしな…)!ごめんネ、ミキティー!陽大が泣きそこに見えて飛んで来ちゃった」
 「???泣くシーン、どこにもないですよね?」
 1人きょとんとしている前を間に挟んで、リミットが近い筈だと何となく目で会話した。
 この自然に存在してる人が、仁サン一成サンもだが、もう卒業とかやっぱりまだ信じらんねぇな。

 「樹」
 名前を呼ばれて、顔を上げる。
 「後は頼むな」
 いつも癪に触るぐらいイヤミったらしく、余裕に見えていた。
 この人は、間近に相対するとすぐわかる。
 遠目で見ていたら気付けねぇ、その眼差しは深く穏やかで、笑顔には偽りがない。
 短い言葉の奥に、武士道の総長として、見守り隊の用心棒として、前の友達として、様々な役割を察して、少し驚いた。
 俺の勝手な読みだが、それで良い。
 感じた事が真実だろ。

 「はい」
 頷いてすぐ笑った。
 「横からかっさらうかも知れませんよ?」
 間に立ってふわふわしてる前を見ると、即答された。
 「陽大はそんな軽くねえ」
 「はい???」
 首を傾げる前に合わせて首を傾げてる。
 「おれは、はると君を信頼してるって言ったの…ねー」
 「ねー」
 変わらず仲良いどころか日毎に勢い増してるっつか、あんたのその子犬の演技だけはいい加減どうにかなんねぇのか、前も騙され過ぎだろ。
 
 すかさず見守り隊がすっ飛んで来て、その様子を写メってメモって去って行った。
 学園外だっつのに抜かりねぇな、流石はこのバカップルの親衛隊だ。
 「ハルナツアキフユの事は任せな。ちゃんと面倒見るからさ」
 「無事にお引き取りできてよかったですねぇ。先輩のお家なら安心ですからね、美山さん、いつでも写メっていただきますから、俺にお気軽にお申しつけくださいね」
 「あぁ。お願いします」
 礼をして、想い立って手にしたグラスを軽く上げた。
 「卒業、おめでとうございます」
 「ありがとう」

 武士道に呼ばれて、また後でと声を掛け合う。
 何とはなく振り返ると、2人は輪の中心へ戻って、更に笑っていた。
 軽く息を吐き、機嫌良く騒いでいる連中へ向かって歩を進めた。



 2014.11.6(thu)23:37筆


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